恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の理解者 ◆

第六十一話

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… … …


 すべてを曝け出す事になってしまった潤への申し訳無さと同時に、驚くほどすんなりと受け入れてくれた寛大さに深く感謝した。

 隣接した自宅ではなく、ここ最近に急遽建てられたような離れ家に案内された時は頭の中がクエスチョンマークでいっぱいであったが、理由を簡潔に説明した潤の笑顔からは『本当だよ。だからそれ以上は聞かないで』としっかり伝わってきて、天はその通りにした。


 ───  一人くらい、理解者が居てもいいじゃない。


 性別の偏見を嫌っている、あの時の潤の言葉そのままの言動と温かさに天は救われた。


 勇んで同性の者を助けに行ったのに、無知が祟って結局は迷惑をかける羽目になってごめん。
 打ちたくなどなかっただろうに、抑制剤を体内に入れさせてごめん。
 天自身では感じる事の出来ないフェロモンを、無闇に嗅がせてごめん。
 ……嘘を吐いて、ごめん。
 

 一つも問い掛けてこなかった潤に、天は何度も何度も謝った。

 罪悪感と悲しさと悔しさが入り交じり、泣きたくもないのに涙がぽろぽろと溢れて止まらなかった。

 嘘を吐いていた事も、迷惑をかけてしまった事も、潤の計画を台無しにしてしまった事も、すべてが申し訳無かった。

 勢いで自身の葛藤をも話してしまったので、もしも潤がαであったら激昂されていたかもしれない。

 β性である潤は、天の気持ちを理解してくれた。

 いつどこに居ても天のピンチにはスーパーマンのように助けに駆け付ける、とまで言ってくれた。

 この世の中にこんなにも柔軟な考えの者が居るのかと、目から鱗だった。

 静電気が起きなくなった事を理由に、やたらと過剰なスキンシップを受けたがそれも嬉しかった。

 心から、笑えた気がした。

 彼の前では何も偽らなくていいと思うと、素直になれた。


『……また迷惑かけちゃったなぁ……』


 夢うつつに、天はまたもや潤に詫びている。

 深い深い眠りの中に居て、自身の体温が急上昇してゆく奇妙な感覚を二日連続で味わった天の体は、疲労困憊だった。

 潤に揺り起こされても、前回の抑制剤の副作用を彷彿とさせるほどの強い眠気に襲われていた天は、タクシーに揺られ、潤のかかりつけだという病院の裏口までやって来た辺りから記憶がない。

 体中が汗ばみ、激しい動悸に見舞われた事だけは実感としてあったが、誰かに抱えられてからは何も覚えていなかった。

 一つだけ頭から離れないのは、朝一番でベッドから抜け出す間際の潤の通話相手の声。


 ───おはよ! 潤、昨日はありがとう!


 快活でハツラツとしていそうな可愛らしい女性と通話をするために、潤はわざわざ離れ家を出て行った。

 眠気が勝った天はそこまでしか覚えていないけれど、「あぁ、もしかして例の片思いの相手なのかな」と勝手に推測している。

 潤は、天の理解者でありスーパーマンを買って出てくれた強者だが、当然ながら友人の域を超える事はない。

  "もしも" の可能性が無きに等しい彼は、どこまでも親切な友人に過ぎないのである。


「───あら、起きたの?」
「…………うん……」


 瞳を開いた先には、我が家の天井。

 視線だけで辺りを見回してみても、八帖を二間に分けた狭い和室と、気持ちばかりのキッチン、かろうじて別個の風呂とトイレ……間違いなく天の独り暮らしのアパートだ。

 布団に横になった天の顔を覗き込んできたのは、しばらくぶりに会う母親、空(そら)だった。


「天がミニマムサイズで良かったわぁ。 一階だし私でもおんぶ出来たよ!」


 そう言ってゲラゲラ笑う空は、昔から物音が大きい。 キッチンで出す派手なその物音が夢にまで出てきて、天はそれで目覚めたと言っても過言ではなかった。


「あ、……あー……迷惑かけてごめんな。 ここまで運んでくれたんだ」
「そうよ。 意識飛ばしながらでも「実家は嫌だ!」なんて駄々こねるんだから」
「だって……」


 実家に帰ると、こうして空に迷惑をかけてしまうではないか。

 時すでに遅しなのかもしれないが、天は自らの性が確定して以来ずっと空に負い目を感じている。

 根強いその思いが、無意識下でも働いたという事だ。

 上体を起こした天の傍に腰掛けた空は、口ごもる息子の言わんとする事を察し笑顔を見せる。


「……ま、いいけどね。 あんた二日も寝続けてたよ。 体ガチガチじゃない? ほら、水飲んで」
「かなりね。 ……ありがと」


 受け取ったコップの中身は、白湯だ。

 じわじわと口を付けつつ、窓の方へ視線をやる。 遮光カーテンの隙間から覗いたのは、暗闇に灯る外灯だ。


「え、もしかしてもう年明けた?」
「あんたが寝てる間にねー」
「マジで……て事は、今日は……」
「一月二日よ。 ちなみにまだ暗いけど、朝の五時」
「…………っ」


 スマホで日時を確認した天は驚愕し、意味もなくキョロキョロと辺りを見回す。

 寝過ぎて体がカチコチな事以外は、何ともない。 ヒート時の体内の異変など嘘のように、身も心もスッキリとしている。

 病院に居たはずの天がここに居るという事は、誰かが空に連絡を取ったのだろうが……その人物は考えなくとも分かった。


「病院で点滴してもらった緊急抑制剤の効果は四十八時間なんだって。 今日起きなかったら叩き起こすとこだったよ」
「そんなに寝てたんだ……俺」
「そう。 あ、これこれ。 今朝からこの薬を朝昼晩の三回飲んで。 お母さん仕事あるから夜にしか来れないけど、何か食べたいものとかあったら……」
「い、いい、大丈夫! てか母さん、年末年始まで働いてんの? 俺もう自立してるし、仕送りもしてるんだからそんな頑張んなくてもいいだろ?」
「天に会うとその小言ばっかり!」


 小言ではなく事実だろ、と瞳を細めると、空は天が飲み干したコップを手にそそくさと流しに逃げた。


「でもほんとの事じゃん。 あ、もしかしてギャンブルとかやってるの? それでお金足りないんじゃ……」
「失礼ね! そんな事してないしそんな暇もないわよっ。 ふっふっふっ……実はお母さんね、秘密の貯金してるの」
「秘密の貯金?」
「もうすぐ目標額達成だから、使い道はその時に教えてあげる」
「何それ……」


 いかにも胡散臭い笑い方で戻ってきた空に天の三白眼を向けるも、まったく効果は無い。

 それどころか、寝起きの息子に対し女子中高生のように瞳をキラキラさせてこんな事を問うてきた。


「ねぇねぇねぇねぇ、ところでさ、病院に居たあの超絶イケメンって誰なの? 天のお友達?」



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