恋というものは

須藤慎弥

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◆ 誕生日の出来事 ◆

第四十五話

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… … …


 長期休み前の報告と挨拶を兼ねて本社就きとなった豊とは、あれ以来会っていない。

 連絡を取り合えない状況と罪悪感を感じてしまった天は、何一つ情報を得る事が出来ないまま休みに入った。

 妻とのクリスマスはどうなったのか気にならないわけではないけれど、気にしてもしょうがない。 こっそりと心配だけしておく事にした。

 なんと言っても天は、大きな年下の友人を労い励ますという責務もあったので、毎日毎日豊だけを気に掛けている余裕は無かった。

 毎晩天が寝る頃合いに掛かってくる、バイト帰りの潤からの電話の内容は決まって「三十日は空けておいて」だった。

 年末年始の休み前は比較的仕事が暇になってくる天とは対照的に、クリスマスシーズンから年末にかけてが潤は忙しいらしい。

 ちょうど長期休みに入るお姉様方が、冬休みを利用してほぼ毎日出勤している潤に会いに来ているのではないかと、天はそう解釈していた。

 天の朝は相変わらず、贅沢にも看板店員からのモーニングコールで始まり、夜はやや疲れた様子の潤から励ましてほしいとの連絡が入る。

 ただ仕事中はさすがにスマホを触る事が出来ないのか、日中のメッセージはぱたりとなくなった。

 最後に会った日以来、あまり恋話をしてくれなくなった潤の事も気掛かりだったが、バイトが忙しくそんな暇も無いのかもしれない。

 熱々の香り高いコーヒーがなみなみ入った、かわいらしいパステルカラーの大きなマグカップを手に微笑んでいるだけで絵になる潤の事だ。

 たった二年で勤続年数が一番長いなんて、と潤は苦笑していたけれど、 "継続は力なり" という誰でも知っているようなことわざで労ってやると、その瞬間やる気満々になっていた。

 素直で可愛いな、と思った。

 潤を見ているとどうしても、バイトに明け暮れていた自身の学生時代を重ねてしまうからか、何を目標として働いているのかは分からないが無条件に『頑張れ』と応援したくなる。


「……そろそろ来るかな」


 腕時計で時刻を確認した天は、豊から貰ったマフラーを巻き直して鼻まで埋める。 コートのポケットに両手を突っ込んで猫背気味になってしまうのも、よりによって今日、例年よりも遅めの初雪が観測されたからだ。

 空を見上げると、正午前だというのに怪しげな曇天。

 朝方チラついていた雪は今でこそそんな気配もないが、いつまたはらはらと舞い落ちてくるか分からない、そんな年末らしい天候だ。

 待ち合わせの時間より三十分も早く着いてしまった天は、ジッと駅の前で潤の到着を待っていた。

 せいぜい十分前くらいに来れば良かったのだが、どうにも待ちきれなかった。 声は毎日聞いていたが、会うのは久々だからなのか……。

 何故か、緊張している、という方が正しい。


「───天くん!」


 まさに今緊張がぶり返してきたところに、背後から聞き慣れた声がして体が一瞬浮いた。

 振り返ると、まるで雑誌の表紙を飾っていそうな長身の美形男が天の方へ駆けて来ている。

 周囲の視線を独占した潤は、改札を抜けるとニコッと微笑んで手を振ってきたが、緊張が尾を引いていた天はカチコチに硬直した。


「お、おぉ……潤くんだ」


 芸能人を見かけて「本物だ!」と騒ぐ素人の気持ちが分かった。

 目の前にやって来て、寒そうに身を縮ませた天の腕を優しく擦った潤が、冷えたコートの冷気で血相を変える。


「天くんいつから居たのっ? まだ十五分前だよ? そんなに凍えて……コート冷たくなってるよ」
「いや、俺もさっき来たとこ」
「……そんなはずないじゃん」


 よく分からない嘘を吐いた天は、潤を見上げてヘラっと笑ってやる。

 久しぶりに会うからには変な格好をしていると思われたくなくて、前日から今日着るものを見繕っていた事までバレてしまいそうで咄嗟だった。

 友人と久々に会うだけでこんなにも落ち着かないものなのかと、今日は無かったいつものモーニングコールの時間には目覚めていた天だ。

 おかげで早朝から電話を掛けてきた母親に「寝坊助」と揶揄われずに済んだ。

 どうにか誤魔化せないかと潤を見上げると、以前よりも目線が高いような気がしてそちらに意識が向いてしまう。


「あれ、……潤くん、また背伸びた?」
「えっ? 分かんない。 伸びたように見える?」
「うん。 髪も伸びてる」
「えぇっ? そんな、何ヶ月も会ってないわけじゃないのに」
「あはは……っ。 今日も大人っぽさが際立ってるな」
「ねぇ……また僕を年下扱いして揶揄ってるでしょ」
「揶揄ってはないけど、年下は年下じゃんー」
「そうだけどさぁ……」


 話題が変わってホッと胸を撫で下ろす。

 今日も潤は自覚のないお兄系で決めていて、濃いブルーのカッターシャツに黒色のパンツ、襟付きの黒のロングコートがよく似合っている。

 それに対し天は、腰丈の白いボアラップコートのボタンを全部留めていて、下は至って普通のジーンズだ。

 いかにも学生に見える低身長の天と、はるかに大人びた長身の潤では、きっとまた他人には年齢が逆転して見えているに違いない。


「天くん、素敵なマフラーしてるね。 やっとする気になったかぁ」
「やっと?」
「いつも寒そうにしてたから。 ……でも良かった。 手袋はしてない」
「え? なんで分かったんだ?」


 ポケットに入れたままにしていた両手を出すと、潤はまたもニコッと微笑んだ。

 そして、何やらゴソゴソと肩に掛けていた鞄を漁り始める。


「本当はあとで渡そうと思ってたんだけど、今日は一段と寒いから今あげちゃうね。 ……はい、これどうぞ」
「…………何?」


 潤から差し出されたのは、真っ白で無地の包装紙に包まれ、綺麗なゴールドのリボンでラッピングまで施された十五センチ四方の正方形の箱だ。

 ついこの間も、こんな場面に直面した。

 あの時は豊からのお礼とクリスマスも重なっての贈り物だった。

 けれどこれは、何だろう。

 頭の中にたくさんのクエスチョンマークを浮かべた天に、潤は微笑みを絶やさぬままさらりと言い放つ。


「今日誕生日なんでしょ、天くん。 ───おめでとう」




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