恋というものは

須藤慎弥

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◆ 年下の密な友達 ◆

第四十二話

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 豊の弟がα性だと知った昨日から、天はどこかソワソワと落ち着かない。

 一族全員がβの、超特異体質α。 しかもその弟は、天と同じく性を受け入れられていないという。

 はじめは勝手に親近感を覚えた天だったが、所詮はαだ。

 いくら受け入れられないからともがいても、他の性を圧倒するαは遺伝子から違うので悩むだけ無駄だと思った。

 男なら誰しも羨む将来が約束されていて、何より差別や偏見がない。

 その弟が突然変異の性に苦悩する気持ちも分からなくはないけれど、豊が溢していた通り何とも贅沢な葛藤だ。

 それに対しβとして生きようとしている天は、一定周期で必ずΩ性である事を突きつけられる。


 男なのに、他者を誘惑し、子を宿す。


 同じΩ性でも、なぜ女性でなく男性として産まれてきたのか。

 この現実が如何に心無い言葉を生むか。

 一度のヒートで専用の個室まで設けられてしまうΩに、世間は本当に、本当に、冷たい。


「…………天くん、天くん」
「ん、んっ?」
「大丈夫? 夜風にあたり過ぎて具合悪くなったんじゃない? 天くん寒がりみたいだから、手袋とかマフラーとかしてなきゃダメだよ」


 目の前で掌をヒラヒラとさせて天を呼ぶ声に、ハッと我にかえった。

 向かいの席で心配そうにこちらを見ている潤は、私服に着替えている。

 今日は冷えるからと、電車の到着時刻が迫るまでBriseで温まろうと言い出したのは潤だ。


「あっ? い、いや、それは大丈夫。 ちょっと考え事してて……」
「それって、例の上司のこと?」
「違うよ。 別のこと」
「何考えてたの?」
「んー? ……内緒」
「………………」


 上司の弟がαらしくて……、などとは当然言えずに濁してしまうと、高校生の友人は分かりやすく拗ねた表情で天を射抜いた。


 内緒って何?
 密な友達の僕にも言えないこと?


 まるでそんな台詞が聞こえてきそうなほど、形の良い唇をムッとさせて水色の大きなマグカップを手に取った。

 看板店員ではなくなったナチュラルな潤を、まばらに残った女性客達が遠巻きに観察している。

 潤が何気なく長い足を組んだだけで、「キャッ♡」と黄色い声が上がる始末だ。

 それだけではない。

 スーツを着用しているのでかろうじて男に見える天に、嫉妬紛いの視線まで飛んでくる。

 今日はサーモンとほうれん草のクリームスパゲティを奢られた天は、来店からずっと、非常に居心地の悪さを覚えていた。

 それを理由に帰ろうものなら、今度は潤が「せっかく来てくれたのにどうして一人で帰っちゃうの」と駄々をこねる。

 見ず知らずの女性ではなく、天が優先すべきは毎日連絡を取り合う仲となった潤なので、こうして言う事を聞いているのだ。

 一つ不満があるとすれば、天は決して潤と居るのが嫌なわけではないのだから、普通に引き止めてくれれば良い。

 優しげな面持ちとは裏腹の、そうはさせないといった声色や視線で、ついつい逆らえない雰囲気を作られるのが唯一の不満である。


「内緒話かぁ。 僕にそれ教えてくれるのはいつくらい?」
「いつって……うーん、そうだな……、」
「五年後、でしょ」
「おぉ、すごい! なんで分かったんだ?」
「天くんいつも五年後って言うんだもん。 五年後に何があるのさ」
「キリがいいじゃん、五って」
「それだけ?」
「そう」
「ふふ……っ、勘繰って損した」


 何を勘繰るんだよっと小さく言い返すと、マグカップに口を付けつつ機嫌よくクスクスと笑ってくれた。

 年下の友人は、すぐ拗ねはするが立ち直りも案外早い。

 さっぱりしていて良い性格だと思う。

 密な友人関係を深めていくうちに改めて感じた。 彼が今時珍しく性に寛容なのは、元々が平和主義者だからだ。


「───潤くん、前に言ってたよな」
「何を?」
「 "性別ってそんなに重要かな" ……って」
「うん。 ……言った。 それがどうしたの?」


 そんな平和主義者に現実を語っても、すでに理解しているであろう潤には意味がない事かもしれない。

 にも関わらず、五年後を仮予定していた内緒話の一部を、天はポロッと口に出してしまった。

 それが後に自身の首を絞めることになるとは、この時の天には思いもよらなかった。


「うん、やっぱり重要だよって思っただけ。 生き方がまるで変わってしまうんだもん。 ツラいけど、受け止めて、受け入れて、もし受け入れきれなかったら生きる気力さえ無くなるんだ。 Ω性の苦悩は、βやαの人には分からないと思う。 特にαの人にはね」
「…………え?」
「あっ、いや、これは友達が言ってて……!」
「天くん、親しいお友達は居ないって言ってたじゃん。 人付き合い苦手だから、昔からぼっちなんだって」
「うっ……職場のね、知り合いっていうか……っ」
「……ふーん」


 天はひとり、焦っていた。

 大人びた瞳と目が合うと咄嗟に逸らしてしまい、あたふたし過ぎてソーサーに置いたスプーンを床に落とし、それを拾おうとしてコーヒーカップまでひっくり返した。

 ほとんど飲み干していたから良かったものの、狼狽えてますと言わんばかりの天の慌てように、潤がどう思ったかなど火を見るより明らかだ。








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