恋というものは

須藤慎弥

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◆ 看板店員 ◆

第二十九話

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 潤には奢られてばかりである。

 今日はさすがの天もしつこく支払うと譲らなかったのだが、それ以上に潤が頑なだった。

 同い年ならまだしも、こうも何度も歳下に奢られるのは気が引けて、天は帰りしなに次回の約束を明確にしようと提案した。

 それもこれも、天が豊と通話をした辺りから、能面のように表情が変わらなくなってしまった潤が気になって仕方がなかったからだ。


「……それっていつ?」
「潤くんの都合のいい日でいいよ」
「じゃあ、明日」
「明日!?」
「ダメ?」
「いや……ダメじゃないけど、潤くんバイトは?」
「……ある」
「だろ? 平日は大体シフト入ってるって言ってたもんね」
「……うん」


 不覚にも夕飯とカフェラテ二杯分も奢られてしまった天は、駅に到着しても未だ言葉少なで無表情な潤を見上げる。

 ようやく慣れてきた綺麗な面が、一向に破顔しない。 おまけに、いつもふさふさな耳が頭から生えていそうな明るい雰囲気までもすっかり鳴りを潜めてしまっている。

 気になるのも当然だ。


「潤くんどうしたんだよ。 さっきから様子おかしくない?」
「……うん。 おかしいんだよ。 なんかね、天くんがニコニコなの可愛いなって思ってるんだけど、嫌なんだよ」
「……え……俺笑うと気持ち悪い?」
「違うっ、そうじゃない。 そうじゃなくて……天くんの笑顔はずっと見てられるよ、ほんとだよ」
「………………?」


 慌てて首を振る潤が、自身の胸元を押さえて天を見る。

 遠回しに「笑うな」と言われているのかと勘違いし、一瞬だけ焦った。


「よく分かんないんだ、僕も。 なんでこんな気持ちになるのか」


 笑うのはいいが嫌だ、とはどういう意味だろう。

 可愛いかはさておき、まともに友達付き合いをしてこなかった天は笑顔が下手だという自覚はある。

 しかし潤がそんな事でこんなにも思い詰めたような表情をするとは思えず、天は時刻表を睨んだ。

 生やしたふさふさの耳を垂れさせた潤本人にも分からないものを、天が考えたとて分かるはずもないが思い当たる事はひとつあった。


「潤くん、疲れてるんじゃない? 学校行ってバイト行って、今この時間に帰るんだろ? 帰ってからは宿題とかもあるんだろうし」
「……疲れてないよ。 ……疲れてない」


 日々が忙しないために、心身の余裕が無くなってきているのではと思った。

 天が学生の頃は抑制剤購入の足しになればとバイト三昧だったので、学生らしからぬ疲労感が常にあった。

 それならば気持ちを分かってやれると思ったが、それはどうも違うらしい。

 今日は潤が乗る電車の方が到着が早いために、時計を気にしつつもう一つはたと浮かんだ考えを口にしてみる。


「あ、じゃあ……例の片思いの相手の事でモヤモヤしてるのかも? よし! じゃあ次はとことん潤くんの話聞こう! な、そうしよっ? 溜め込んでるからそうやってたまにツラくなるんだよ」
「天くん……」
「誰にも相談出来ないって言ってたもんな、潤くん。 人の笑顔を見たくないって思うのも、自分が今ツラい恋をしてるからだ。 それなのにごめんな、俺めちゃめちゃ呑気に笑って見せたりして。 潤くんは優しい子だから溜め込み過ぎちゃってんだなぁ……可哀想に」


 ジッと天を見詰めていた潤は、これには先程のように首を振らなかった。

 叶う事のない禁断の恋に、何食わぬ顔をしていた潤も実はやはり苦しんでいるのだ。

 切なげに眉を顰めた潤に向かって年上面をした天は、じわりと腕を伸ばす。

 背伸びをし、さらには空気を読んだ潤に屈んでもらわねば届かない、サラサラとした髪を撫でて慰めようとした。

 その時だ。


 ───パチッ。


「────っっ」
「────ッッ!」


 天が潤の髪に触れる直前、彼に手を取られたのだ。

 あっ、と思った次の瞬間には一昨日の二の舞いになっていた。

 二人同時に一歩引き、距離を取る。

 音のわりには痛みがまったくない。

 天は潤を、潤は天を凝視した。

 ホームには人がまばらに居て、美しい見てくれ故に潤ははじめから注目を集めていたが、二人の動向によってさらに多くの視線が注がれる。


「……い、痛いなぁ、もう」
「ご、ごめんね」
「潤くん、発電人間だ」
「それ天くんかもしれないじゃん」
「あ……っ、確かにそうだ」
「いや……違うかな。 どっちかが発電人間っていうより、たぶん……二人ともだね」


 潤は天に向かって、困ったように笑って見せた。

 ホームにアナウンスが流れる。

 静電気説を信じ込む二人の前に、電車車両が滑り込んできた。

 最後の最後でほんの少しだけ笑顔を見せてくれた潤の頭を、本当は撫でてやりたかった。

 撫でてほしそうな顔をしていたから。

 けれどそれは、冬場のうちは無理かもしれない。


「俺達、お互いに触るの禁止な」
「二人とも発電人間じゃしょうがないよね」


 車両に乗り込んだ潤が、ドア越しに振り返って手を振る。 天も下手な笑顔で見送った。

 あの手のひらで、天は手首に触れられた。

 一瞬だけだったけれど、何かが呼び覚まされるような微弱電流が体内を駆け抜けた。

 一昨日浴びたものと一緒だ。

 まるで静電気のような音。

 体中を走る微かな電流。

 しかし本物のそれよりかは痛くない、不思議な静電気。

 禁止にしてしまえば二度とこれを浴びなくていいと安心する反面、蘇る "もしかして" の知識。

 天は反対のホームに渡るべく階段を上りながら、スマホを手にした。

 何の気無しに調べたのは二度目の、───『番とは』。







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