22 / 139
◆ 偽りのはじまり ◆
第二十二話
しおりを挟む美味しそうな焼き色のついた厚焼きパンケーキの上には、甘過ぎないミルク味の生クリームがふんだんにトッピングされており、頂点にはミントの葉がちょんと可愛く乗っている。
「美味しい?」と首を傾げる、どこからどう見てもαにしか見えない潤に、天は控えめに頷いた。
どうも年下に甘やかされている気がしてならない。
きっと、この店の支払いも潤がすると言って聞かないのだ。
ただただ高校生の潤に金を使わせてばかりで気に病むが、会計時に払う払わないで揉めるとみっともない。
そのため店を出てから渡そうとするも、潤は頑として天からの金を受け取らない。 お礼はいつ果たせばいいのか、その隙を見せてくれなければ恩を返せない。
「なぁ、俺……今日ずっと食べてる気がする」
潤は一口のお裾分けだけで、パンケーキの残りすべては天に託された。
そろそろ本気でお腹が苦しい。
「ふふっ……確かに。 お腹いっぱいだね」
「晩飯入らなくない? もうすぐ五時だよ」
「うーん。 そうだけど……天くん、体調平気?」
「ま、まぁ……」
「じゃあディナーは次の機会にして、夜は展望台に行って夜景見ようよ」
「展望台……っ」
さらりと変更されたプランに、お腹を擦っていた天はピタリと動きを止める。
この満腹感では何も入りはしないだろうから、現在時刻を告げて解散の流れに持っていこうとしたあてが外れた。
潤と居るのが嫌なわけではない。
穏やかな潤の声や素直そうな人となりを知ると、むしろ居心地が良いのだ。
ただこれから夜景を見に行くとは、プラン変更にしては出来過ぎだと思う。
友達の居ない天には、今日一日の流れが友人同士の休日として普通なのかどうかも分からない。
カフェで朝食を食べる事も、映画館でカップルシートに座る事も、館内での人間観察で潤とコソコソし合うのも、緑いっぱいの植物公園を散歩する事も、老舗の喫茶店で渋いコーヒーを飲む事も、すべてが初めての経験なのである。
ゆったりとした有意義な時間が過ごせている天は想像以上に楽しんでいるけれど、潤も同じ気持ちとは限らない。
無理をしているのでは、と思った。
夜景ね……と呟いた天は、そっとポケットに忍ばせた薬を握る。
「潤くんの今日のプランって、デートみたいだよな」
何気なく会話をしながら握り込んだ拳をポケットから出し、潤の目線から見えないようにテーブルの下でシートから薬を取り出した。
天の言葉に、潤は嬉しそうに微笑む。
「あ、そう思ってくれたんだ? 楽しいかな? どう?」
「えぇっ……? 俺は滅多に出歩かないから楽しいけど、潤くんは微妙だよな。 俺が女の子だったら……その、好きな人だったら、潤くんももっと楽しかったんだろうけどね」
「僕もすごく楽しいよ。 ……だからそういう事言わないで。 好きな人は好きな人、天くんは天くん」
「はいはい、ごめんな」
「いちいち子ども扱いしないでー」
「あはは……!」
む、と唇を歪ませながらも目元は優しげに笑っている潤を見ていると、心が温かいもので溢れてくる。
見た目はまさしく大学生か新社会人かと言うほど大人びているのに、口調や雰囲気がまだまだ幼く柔らかだ。
お礼をしたいと言った天に気を使い、無理に付き合ってくれているのではないかと申し訳なく思い始めていたのだが、たとえ彼にそういう意図があったとしても絶対に悟られないようにうまく柔らかな嘘で誤魔化すだろう。
そこで天は、ようやく彼のイメージにぴったりな言葉を見付けた。
潤は、癒し系なのだ。
何を言われても本気で怒れない、得な才能を持っている。
天の中で彼の好感度がぐんと上がった理由の一番は、性についての偏見が無い事だった。
Ωであっても良いことなど一つもないという天の考えは少しも変わらないが、世の中にはこういった擁護派も少しは居るのだと分かってホッとした。
社内でも、女性のΩに対しての処遇は天が思っていたより遥かに手厚くて周囲も理解がある。
しかし怖いのが、男性のΩにもそこまでの理解を得られるかどうかで、……きっとそれはノーだ。
実際にフェロモンを嗅いで性を目の当たりにしたにも関わらず、決して天を蔑まない豊や、潤のように理解を示してくれる者の方が珍しいのである。
「天くん、すぐ子ども扱いするんだから」
むくれた潤が、テーブルに肘を付いて何秒か窓の外に意識を向けた。
その瞬間、今がチャンスとばかりに天は動く。
手のひらに準備していたカプセル一つと錠剤一つを口の中に放り込み、急いで水で流し込んだ。
二回目のミッションは、ものの二秒でやり遂げた。
「ねぇねぇ、天くんは? 好きな人いないの?」
ごくん、と薬と水を飲み干してすぐ、潤がキラキラした瞳を向けてきた。
何も無かったような顔で、天は考えるフリをしたがパッと脳裏に浮かんだ人物は居た。
「んー…………居ないね」
「ちょっと考えたね。 気になる人は居るんだ」
「いやそういうのじゃないよ。 恋愛対象じゃないけど、憧れてるっていうか……尊敬してる人なら居る、かな」
「そうなんだ! どんな人?」
興味津々な瞳で身を乗り出してきた潤に、突然脳内に現れた豊を思い浮かべ、天は曖昧に笑った。
11
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
初心者オメガは執着アルファの腕のなか
深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。
オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。
オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。
穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
「恋の熱」-義理の弟×兄-
悠里
BL
親の再婚で兄弟になるかもしれない、初顔合わせの日。
兄:楓 弟:響也
お互い目が離せなくなる。
再婚して同居、微妙な距離感で過ごしている中。
両親不在のある夏の日。
響也が楓に、ある提案をする。
弟&年下攻めです(^^。
楓サイドは「#蝉の音書き出し企画」に参加させ頂きました。
セミの鳴き声って、ジリジリした焦燥感がある気がするので。
ジリジリした熱い感じで✨
楽しんでいただけますように。
(表紙のイラストは、ミカスケさまのフリー素材よりお借りしています)
オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜
トマトふぁ之助
BL
某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。
そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。
聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。
大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!
みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。
そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。
初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが……
架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる