恋というものは

須藤慎弥

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◆ 偽りのはじまり ◆

第二十二話

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 美味しそうな焼き色のついた厚焼きパンケーキの上には、甘過ぎないミルク味の生クリームがふんだんにトッピングされており、頂点にはミントの葉がちょんと可愛く乗っている。

 「美味しい?」と首を傾げる、どこからどう見てもαにしか見えない潤に、天は控えめに頷いた。

 どうも年下に甘やかされている気がしてならない。

 きっと、この店の支払いも潤がすると言って聞かないのだ。

 ただただ高校生の潤に金を使わせてばかりで気に病むが、会計時に払う払わないで揉めるとみっともない。

 そのため店を出てから渡そうとするも、潤は頑として天からの金を受け取らない。 お礼はいつ果たせばいいのか、その隙を見せてくれなければ恩を返せない。


「なぁ、俺……今日ずっと食べてる気がする」


 潤は一口のお裾分けだけで、パンケーキの残りすべては天に託された。

 そろそろ本気でお腹が苦しい。


「ふふっ……確かに。 お腹いっぱいだね」
「晩飯入らなくない? もうすぐ五時だよ」
「うーん。 そうだけど……天くん、体調平気?」
「ま、まぁ……」
「じゃあディナーは次の機会にして、夜は展望台に行って夜景見ようよ」
「展望台……っ」


 さらりと変更されたプランに、お腹を擦っていた天はピタリと動きを止める。

 この満腹感では何も入りはしないだろうから、現在時刻を告げて解散の流れに持っていこうとしたあてが外れた。

 潤と居るのが嫌なわけではない。

 穏やかな潤の声や素直そうな人となりを知ると、むしろ居心地が良いのだ。

 ただこれから夜景を見に行くとは、プラン変更にしては出来過ぎだと思う。

 友達の居ない天には、今日一日の流れが友人同士の休日として普通なのかどうかも分からない。

 カフェで朝食を食べる事も、映画館でカップルシートに座る事も、館内での人間観察で潤とコソコソし合うのも、緑いっぱいの植物公園を散歩する事も、老舗の喫茶店で渋いコーヒーを飲む事も、すべてが初めての経験なのである。

 ゆったりとした有意義な時間が過ごせている天は想像以上に楽しんでいるけれど、潤も同じ気持ちとは限らない。

 無理をしているのでは、と思った。

 夜景ね……と呟いた天は、そっとポケットに忍ばせた薬を握る。


「潤くんの今日のプランって、デートみたいだよな」


 何気なく会話をしながら握り込んだ拳をポケットから出し、潤の目線から見えないようにテーブルの下でシートから薬を取り出した。

 天の言葉に、潤は嬉しそうに微笑む。


「あ、そう思ってくれたんだ? 楽しいかな? どう?」
「えぇっ……? 俺は滅多に出歩かないから楽しいけど、潤くんは微妙だよな。 俺が女の子だったら……その、好きな人だったら、潤くんももっと楽しかったんだろうけどね」
「僕もすごく楽しいよ。 ……だからそういう事言わないで。 好きな人は好きな人、天くんは天くん」
「はいはい、ごめんな」
「いちいち子ども扱いしないでー」
「あはは……!」


 む、と唇を歪ませながらも目元は優しげに笑っている潤を見ていると、心が温かいもので溢れてくる。

 見た目はまさしく大学生か新社会人かと言うほど大人びているのに、口調や雰囲気がまだまだ幼く柔らかだ。

 お礼をしたいと言った天に気を使い、無理に付き合ってくれているのではないかと申し訳なく思い始めていたのだが、たとえ彼にそういう意図があったとしても絶対に悟られないようにうまく柔らかな嘘で誤魔化すだろう。

 そこで天は、ようやく彼のイメージにぴったりな言葉を見付けた。

 潤は、癒し系なのだ。

 何を言われても本気で怒れない、得な才能を持っている。

 天の中で彼の好感度がぐんと上がった理由の一番は、性についての偏見が無い事だった。

 Ωであっても良いことなど一つもないという天の考えは少しも変わらないが、世の中にはこういった擁護派も少しは居るのだと分かってホッとした。

 社内でも、女性のΩに対しての処遇は天が思っていたより遥かに手厚くて周囲も理解がある。

 しかし怖いのが、男性のΩにもそこまでの理解を得られるかどうかで、……きっとそれはノーだ。

 実際にフェロモンを嗅いで性を目の当たりにしたにも関わらず、決して天を蔑まない豊や、潤のように理解を示してくれる者の方が珍しいのである。


「天くん、すぐ子ども扱いするんだから」


 むくれた潤が、テーブルに肘を付いて何秒か窓の外に意識を向けた。

 その瞬間、今がチャンスとばかりに天は動く。

 手のひらに準備していたカプセル一つと錠剤一つを口の中に放り込み、急いで水で流し込んだ。

 二回目のミッションは、ものの二秒でやり遂げた。


「ねぇねぇ、天くんは? 好きな人いないの?」


 ごくん、と薬と水を飲み干してすぐ、潤がキラキラした瞳を向けてきた。

 何も無かったような顔で、天は考えるフリをしたがパッと脳裏に浮かんだ人物は居た。


「んー…………居ないね」
「ちょっと考えたね。 気になる人は居るんだ」
「いやそういうのじゃないよ。 恋愛対象じゃないけど、憧れてるっていうか……尊敬してる人なら居る、かな」
「そうなんだ! どんな人?」


 興味津々な瞳で身を乗り出してきた潤に、突然脳内に現れた豊を思い浮かべ、天は曖昧に笑った。




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