恋というものは

須藤慎弥

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◆ 静電気 ◆

第十八話

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 副作用については何も語れず、朝も弱くないと大口を叩いてしまったがために、潤は疑う事なく天の体調不良を心配している。

 謎の "何か" のおかげで体の異変は無くなった。 しかしそれを説明するのは、彼の中の疑問を解くのと同等なほど難しい。

 またも首を傾げた潤が、テーブルの上で手のひらをかざす。


「───ねぇ天くん、さっきの何だった……」
「お待たせしましたぁ。 潤、聞いて! ゆかりさんがホットサンドのチーズ倍にしてくれたよ~。 熱いから気を付けてお召し上がりくださぁい!」


 このカフェに似つかわしい綺麗な女性店員は、潤にあからさまな好意の視線を向けつつ高い声で彼の言葉を遮った。

 入店して二十分。

 天はようやく、潤に向けられている多方面からの視線に気付いて呆気に取られた。

 やはり潤が看板店員である事に変わりはないのだろう。

 見た目はもちろん、放たれるαオーラがそうさせているのだ。 ……本人に性別を聞きはしないけれど、絶対そうだと確信を持つ。


「あ……ありがとう。 ゆかりさんにお礼伝えてくれる?」
「はいはーい」


 会話し足りないと表情で匂わせながら、天をチラと見た女性店員は「ごゆっくり」と営業スマイルを浮かべて去って行った。


「天くん、さっきの話なんだけど……あれ何だった……」
「美味しそう~! い、いただきますっ」


 その後ろ姿を見やった潤が天の方へ体を傾け、声を潜めた。

 あの "何か" を謎のままにしておきたくないらしい潤の言葉を、今度は天が遮って咄嗟に手を合わせる。

 ───もうその話はやめよう、忘れよう。

 天の意思は潤に伝わった。


「……いただきます」


 おとなしく手を合わせた潤は、フォークを手にトマトを齧る。

  "何か" を知りたがっているのは、潤も、そして天も同じ気持ちだ。

 だが天には、性が確定した日から徐々に教え込まれた知識があった。

 とてもじゃないが潤には言えない、医師が語ったΩ性特有のそれを少しずつ思い出してきたのである。


「お、おいしいぃぃっ。 見て、倍にしてくれたチーズこんなに伸びるよ」
「ふふ……っ、ほんとだね」
「これはカフェラテ、だっけ?」
「そう。 ほんの少しビターチョコソースを足すのが、僕のおすすめ」
「んん~っ、んん~っ、うまいっ」
「美味しそうに飲むなぁ。 僕のおすすめ、美味しい?」
「うーまーいー! てか、こんなに雰囲気のいいお店でバイトしてるからかもなぁ。 潤くんのその落ち着きっぷり」
「また老けてるって言うんでしょ」
「それは被害妄想だってば」


 潤は、天に合わせてくれた。

 話は終わりだと言わんばかりの分かりやすい天の逃げに、潤はそれ以上 "何か" の深追いをしなかった。

 他愛もない会話が途切れず、潤のおすすめのカフェラテをおかわりまでして腹を満たした天は、水を一杯貰うための言い訳を考え始める。

 忘れてはならない、今日一回目の薬を飲むミッションがまだ達成出来ていないのだ。


「あ、僕お手洗い行ってくるね。 天くんは? 大丈夫?」
「へっ? あ、うん、大丈夫。 行ってらっしゃい」


 天に爽やかな笑顔を向けた潤が、ゆっくりと立ち上がる。 席から一番遠い角にトイレがあるようで、注目を集めながら歩いて行く長身を目で追う。

 ふいにやって来た好機を前に、天は慌てて先程の女性店員に向かって手を上げた。


「はーい」
「すみません、水を一杯貰えますか」
「あ、はい。 かしこまりました。 あのぉ、さっきはすみません、失礼な事言っちゃって。 潤がお友達連れて来るのなんて初めてで、ビックリしちゃったぁ。 ここのバイト、潤が一番長いんですよ。 激務で動きっぱなしで、足がむくんじゃうから女の子は続かなくって……」


 ……これはまずい。

 腰元に付いたネームプレートに「あみ」と書かれた女性店員は、非常におしゃべりだった。

 そんなことはいいから早く水を、と何度も遮ろうとしたのだが、嬉々として語る彼女にはまったく隙が無かった。

 あみの体越しに、潤が戻ってくるのが見える。

 彼女がやたらと天に話し掛けていたのは、本当はもっと潤と会話をしたくて、その彼が戻ってくるまで居座りたかっただけなのかもしれない。

 意地悪な考えだが、潤が戻って来たと分かるや声がワントーン跳ね上がったところを見ると、天の考察は恐らく正しい。


「あれ、二人で何話してたの?」
「潤! ううん、お友達が水を一杯くださいって」
「あ……! も、もういいや、大丈夫」
「水? どうしたの?」
「すぐお持ちしますよ!」
「大丈夫、ほんとにもう大丈夫!」


 今から持って来られても、潤の目の前で薬を飲む事は出来ない。

 嘘を吐く事も考えた。

 これはビタミン剤だ、サプリメントだ、と尤もらしい嘘を吐いたところで、潤は「そうなんだ、ちょっと見せて」と言いかねない。

 こんな事なら早起きをして軽く朝食を取り、自宅で朝の薬を飲めば良かった。

 無論、現在副作用が異様に強く出ている天には不可能だったのだが。


「天くん、そろそろ出ようか」
「……うん」
「歩ける? 具合はどう? 食欲はありそうだけど」
「大丈夫だって。 心配かけてごめんな」
「良かった」


 気にしなくていいよと潤を見上げると、ふわりと微笑まれた天はついつい照れて顔を背ける。

 潤が居ない隙に抑制剤を飲むというミッションは、あえなく失敗に終わった。




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