15 / 139
◆ 年上の上司と年下の恩人 ◆
第十五話
しおりを挟む不覚にもドキッとしてしまった天は、いつかと同じく撫でられた髪に指先を持っていき、やや頬を染めて視線を逸らした。
歳上の余裕とはこういうものだと知らしめるような動作は、何度されても慣れない。
あっけらかんと胸の内を明かした天に対し、豊の表情は何となく曇っている。
「吉武が性別を嫌っているのは知ってるし、理解しているつもりだ。 だがこう言っちゃなんだけど、その性にしか出来ない、感じられない事もあるだろ?」
「……俺は嫌なんです。 そんなの経験しなくていい」
優しい上司は、天を庇うどころか厚い情まで持ち合わせていた。
彼の言う通りだとは思う。
世の中がもう少し寛大であったなら、天もここまで自身のΩの性を否定しなかったかもしれない。
おおっぴらに出来ない、むしろあらゆる場面で迫害に近い待遇を強いられる男性のΩは、それとして生きていても何も良いことがない。
何故、番を見付けなければならないのか。
それはαであれば女性でも男性でもいいわけだが、見目的にも身体的にも明らかなのは天が組み敷かれる側であるという事。
前回のヒートで思い知ったのだ。
貫かれたい。
誰かにめちゃくちゃにされたい。
腹の奥の奥まで、性を送り込んでほしい。
秘部が疼いた分だけ、突き付けられた。
目を背けていても確実に性は天を苦しめる。 ……それを、思い知ったのだ。
「お前それって……番を見つけるつもりはないって言ってるのと同じだぞ」
「その通りです。 俺は独りで生きていくんです。 番なんて必要ないし、何にも経験したくないし、出来る事ならどんな被害を被ってもいいからβになりたいです」
「…………吉武……」
「無理なんですけどね、そんな事は」
さらりと言い放った天は、ジョッキに残ったビールを飲み干した。
強がりにも見えるその一気飲みを前に、豊も言葉を失っている。
「……次もビールでいいか? 焼酎いっとく?」
「いえ、ビールでお願いします」
「オッケー」
テーブルに設置されたタブレット端末を操作する豊の指が、ビールの画面を二回押した。 ピッチの早い天に合わせて、彼もおかわりを頼んだらしい。
つまみは?と問われたが、今もテーブル上には所狭しと一品料理が並んでいて、天は首を振って遠慮する。
豊がタブレットにて注文をしているわずかな合間、何気なくスマホに目をやるとスリープ状態から立ち上がり、LINEの通知を知らせた。
相手は潤からだった。
"まだ飲んでる? ちゃんと帰れる?"
「……俺の事いくつだと思ってんだ」
週末だというのにバイトは休みなのだろうかと要らぬ世話を思いながら、独り言を呟いて「帰れるよ」と返信した。
豊の手前スマホはポケットにしまい、不意に届く潤からのメッセージに知らず笑みが溢れる。
既読スルーしないで、と言われた翌日から、暇さえあればメッセージを寄越す潤は相当にドタキャンを恐れているようだ。
未だプランは教えてもらえないが、映画の好みや好きな食べ物を事細かにリサーチしてくるところを見ると、……自ずと察する。
「なんだ、またニヤニヤして」
「えっ? ニヤニヤ……してました?」
「あぁ。 リア充の笑顔だぞ、それは」
「り、リア充っ!? ないない、それは無いです。 明日会う方から連絡きただけなので」
潤からのメッセージを見ていると、どうしてかニヤついているらしい自身の口元に触れてみたがあまりよく分からない。
元気な声と共に華奢な女性店員が軽々と大ジョッキを二つ運んできた。 そのため一度口を閉じた天は、ポケットの中で振動を感じてまたニヤつく。
天にその自覚はない。
「明日って例の?」
「そうです、例の」
「どんな奴?」
「どんな奴って……見た目は、なんか……見た事ないくらい爽やかな青年ですね。 すごく人懐っこい」
「青年? 何歳なんだよ」
「あ、それは……、あの……聞いてないです」
さすがに、相手は高校生です、とは言えなかった。
相手が歳下だと知った豊がどんな反応をするのか分からず、さらに「高校生ならやめとけ」と追い打ちをかけてきそうだ。
礼をしたい。 天の目的はその一点なので、潤には悪いがその後は徐々に疎遠にしていくつもりである。
「それっきりなの?」などと先手を打たれたからにはうまく付き合いを絶たなければならないが、学生である彼には彼の世界があるだろうからその点はあまり心配はしていない。
「は? やべぇだろ、それ。 身元確かな奴なのか? 身分証見せてもらった?」
「えぇっ! 身分証なんてそんな……」
「危ねぇなぁ。 絶対に薬飲み忘れるなよ。 緊急のアレも肌見放さず持っとけ。 いいな? 何かあったらすぐに連絡しろ」
「……時任さんに?」
「そうだ。 ヤバイと思ったらすぐにな」
「そんな事にならないから大丈夫ですよ。 でも……ありがとうございます」
ビールの泡が消え去るまで、その日の豊は愚痴を溢さずこんこんと天の心配をし続けた。
ちょうど発情期真っ只中で薬が手放せず、副作用がツラいと漏らした天を心底案じているのが伝わって妙に嬉しい。
帰り際、いつものように代行タクシーに乗り込む豊は天の頭を撫でた。
「今日もありがとな」と真っ赤な顔をして、最後にはやはり心配気な表情を浮かべていた。
11
お気に入りに追加
200
あなたにおすすめの小説
出戻り聖女はもう泣かない
たかせまこと
BL
西の森のとば口に住むジュタは、元聖女。
男だけど元聖女。
一人で静かに暮らしているジュタに、王宮からの使いが告げた。
「王が正室を迎えるので、言祝ぎをお願いしたい」
出戻りアンソロジー参加作品に加筆修正したものです。
ムーンライト・エブリスタにも掲載しています。
表紙絵:CK2さま
消えない思い
樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。
高校3年生 矢野浩二 α
高校3年生 佐々木裕也 α
高校1年生 赤城要 Ω
赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。
自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。
そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。
でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。
彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。
そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

【完】三度目の死に戻りで、アーネスト・ストレリッツは生き残りを図る
112
BL
ダジュール王国の第一王子アーネストは既に二度、処刑されては、その三日前に戻るというのを繰り返している。三度目の今回こそ、処刑を免れたいと、見張りの兵士に声をかけると、その兵士も同じように三度目の人生を歩んでいた。
★本編で出てこない世界観
男同士でも結婚でき、子供を産めます。その為、血統が重視されています。

婚約者に会いに行ったらば
龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。
そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。
ショックでその場を逃げ出したミシェルは――
何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。
そこには何やら事件も絡んできて?
傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。
【完結】嘘はBLの始まり
紫紺
BL
現在売り出し中の若手俳優、三條伊織。
突然のオファーは、話題のBL小説『最初で最後のボーイズラブ』の主演!しかもW主演の相手役は彼がずっと憧れていたイケメン俳優の越前享祐だった!
衝撃のBLドラマと現実が同時進行!
俳優同士、秘密のBLストーリーが始まった♡
※番外編を追加しました!(1/3)
4話追加しますのでよろしくお願いします。

【完結】ぎゅって抱っこして
かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。
でも、頼れる者は誰もいない。
自分で頑張らなきゃ。
本気なら何でもできるはず。
でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

新しい道を歩み始めた貴方へ
mahiro
BL
今から14年前、関係を秘密にしていた恋人が俺の存在を忘れた。
そのことにショックを受けたが、彼の家族や友人たちが集まりかけている中で、いつまでもその場に居座り続けるわけにはいかず去ることにした。
その後、恋人は訳あってその地を離れることとなり、俺のことを忘れたまま去って行った。
あれから恋人とは一度も会っておらず、月日が経っていた。
あるとき、いつものように仕事場に向かっているといきなり真上に明るい光が降ってきて……?
※沢山のお気に入り登録ありがとうございます。深く感謝申し上げます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる