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✦ 後日談 ✦
✧*。後日談
しおりを挟む明日から月光は、早紀と紀月との新しい生活が始まるらしい。
一人でのびのびと暮らしていた部屋が一気に所帯染みて、月光の優雅な時間は皆無になるだろう。
夕飯時を見計らって乃蒼と海翔の部屋にやって来た月光は、気持ち凹んでいるように見えた。
まるで、結婚直前に陥るというマリッジブルーのようで放っておけなかった乃蒼は、海翔に相談した後に月光を招き入れた。
しかしながら、リビングダイニングの方で二対一で腰掛けている三人の空気は、非常に重かった。
気落ちした月光が溜め息を吐く度に、海翔も呆れて乃蒼と顔を見合わせる。
「───で? 相談って何だよ」
「乃蒼……言い方冷たいー……」
「冷たくもなるだろ。 目の前で一時間ずっと溜め息吐かれたら気分悪い」
「そんな怒んなよ~悩んでる親友に向かって~」
「だから話せよ。 一時間前からそれ待ちなんだぞ」
「乃蒼がギュッ、チュッ、ってしてくれたら話す~」
「するかバカ!」
「何をバカな事を……」
「いいじゃん、減るもんじゃねぇのに~」
両腕を広げて待機する月光に冷たい視線を送り、海翔のグラスに白ワインを注いでやる。
「ありがと」と微笑む海翔に、乃蒼も照れ笑いを返した。
「あぁ~! イチャイチャするなよ! 俺も注いで、乃蒼っ」
「月光は自分でやれ」
「冷たいぃぃぃぃ」
あしらわれた月光は、嘆いておきながらローストビーフをつまんでいる。
本当に悩みなどあるのかと訝しむ乃蒼のグラスに、今度は海翔がミネラルウォーターを注いでやった。
月光の前で、二人は堂々と微笑み合って視線で会話をする。
この場に月光を居させてやれるのも、海翔の器がほんの少し大きく、深いおかげなのだ。
早いところその悩みとやらを話してほしい。
「それで、月光さんは何を悩んでるんですか」
ついに海翔が口火を切った事で、月光もようやく話す気になったらしい。
自分で白ワインをグラスに注いで、はぁ、とまた溜め息を吐く。
「あ~……仕事だよ~。 俺さ、いつまでもホストやってるわけにはいかねぇじゃん~? 美容師免許は持ってるしそっちに転職するべきかなーって思ってて~。 乃蒼、海翔、どう思う?」
「………月光には無理だろうな。 なんで転職の必要があるんだよ。 夜しか知らない月光が昼間の職に馴染めるとは思えないんだけど」
「ブランクも相当ありますしね。 何より実務経験がないのが痛いですね」
「……だよな~……」
どんな悩みかと思えば、彼らしくなく至極まともだった。
考えていた馬鹿馬鹿しい悩み相談とは趣きが違っていて、乃蒼と海翔は再度顔を見合わせ、途端に真剣な面持ちになる。
軽はずみな事は言えないが、大黒柱となった月光の思い切った転職への考え自体は賛成だ。
そんな中ふと、乃蒼が手を叩いた。
「あ、ホストクラブ経営は?」
「え~? 経営~?」
「そう。 オーナーになるんだよ。 月光、それだけの貯えはあるだろ?」
「まぁ~いくらかはあるけど……」
「いいじゃないですか。 月光さんは誰かの下で働けるような玉ではないです」
「海翔もそう思う? ほら、月光は人望使って経営者になるべきだよ。 最初はな、そりゃ経営の勉強しないといけないし大変かもしんないけど、軌道に乗れば毎日店に立たなくてもいいレベルまで持っていける」
「信頼のおける方を二名側近に付けると良いですよ。 後々お金のトラブルが発生しないように、弁護士と税理士も探しておくべきですね」
「ふむふむ~」
乃蒼の名案に、なんと海翔も乗ってくれた。
昔から人を惹き付ける能力だけは抜群にあったからこそ、月光は現在の店で何年もナンバーワンの座に居られるのだ。
年齢的にもそろそろ現場を退いて、ワンステップ上がるいい頃合いである。
しかし相談はいいにしても、このような大事な事をこの場で決められても後が怖い。
白ワインを水のように飲んでいる月光へ、乃蒼は一応の礼節を保つ。
「でもな、こういう事は俺じゃなくて早紀ちゃんに相談するんだよ」
「ん~……」
「分かったらメシ食ってさっさと帰れ。 早紀ちゃんと紀月くんを迎える準備しとけ」
そう言って料理を取り分けていると、横から「紀月くんって?」と海翔が首を傾げていた。
そこで乃蒼は、月光から聞いた命名の顛末を話してやり、海翔と笑い合う。
すっかり月光の存在は置いてけぼりであった。
「……いいなぁ~。 乃蒼と海翔、ラブラブしてて~。 ……昨日もお盛んだったしなぁ? 二人だけで楽しんでないで、3Pしようよ~」
「なんで知って……!? バ、バカがバカを言うな!」
「まったくあなたって人は……何が3Pですか。 俺にそんな趣味はない」
憤慨した乃蒼はもちろん、海翔も唖然として月光を見るも、ついに白ワインのボトルに直接口を付けて飲み始めた。
……ガサツだ。
そろそろ酒がいい感じに回り始めている事を祈って、乃蒼はテーブルに肘を付いて頬を染めて惚気てみる。
「なぁ月光。 せっかくだから聞いてほしいんだけど、俺いま超~~幸せなんだ。 海翔って、かっこいいのは外見だけじゃないんだよ。 内面も最高なんだ。 俺は恵まれてるよなぁ……だってこんなに最高の人が俺を見付けてくれたんだから。 毎日「好き」って言ってもらえる幸せったらないよ……って、あれ、月光?」
瞳を閉じてうっとりとしながら、隣に本人がいるにも関わらず頭の中にも海翔を思い描いて口元を緩ませていた。
パチッと目を開けてみると、目の前に居た月光の姿がない。
見回してみると、食事の皿を綺麗に平らげた彼はすでに玄関へと向かっていた。
乃蒼と、惚気られて照れた海翔は、いきなりの訪問者を見送るべく追い掛ける。
「ここに居たら延々と聞かされそうだから帰る~。 乃蒼の惚気け聞きたくねぇもん~」
「なんでだよ。 聞いていけよ。 まだ全然言い足りないのに」
「うわぁ、……乃蒼ってそういうタイプだったんだ~? 可愛い~」
「ふふ……っ、可愛いでしょ。 でも残念でした。 もう俺の乃蒼ですよ。 ね、乃蒼」
「ねー」
海翔に寄り添って茶目っ気たっぷりに相槌を打った乃蒼を見て、月光は「はぁ…」と苦い溜め息を吐いて玄関を出て行った。
その直後、二人はこの時を待ってましたとばかりに抱き締め合い、熱いキスを交わす。
今夜も月光が隣の部屋から聞き耳を立てているかもしれない。
「声抑えなきゃ」と思う乃蒼と、「激しく乱れさせて隣に聞かせてやろう」とほくそ笑む海翔、二人の思惑は果たしてどちらが勝つのだろうか。
──終──
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ころさん!こちらのサイトでも当作品を追っていただき、ありがとうございます(*^^*)!
乃蒼が海翔に本当の意味で心を開くまで年単位で時間がかかります。
まだまだお酒の力を借りないと本心が言えない臆病さんですが、海翔が包容力でできているので大丈夫です(笑)
三人それぞれに 青春の後悔 というテーマを与えました。
ラストは後日談まで含めてご納得してもらえたかな?とハラハラドキドキ…(笑)
こちらの作品は番外編として月光サイドのお話を考えています。
そのときはまたTwitterにてお知らせしますので、遊びにいらしてください(*^^*)
ころさん、読了ありがとうございました\(^o^)/♡
わにさん!読了ありがとうございます!
ロスきました…!?
完結となると寂しいものですよね…。
でもそう言って頂けてホッとしました。
三角関係タグを付けてはいるのですが、本来のそれとは少しテイストの違う作品なので(作者が固定CP派でして…)、新たな読者様に受け入れられるかすごく不安でした。( ˆ꒳ˆ; )
この作品の昼ドラ展開はまさに賭けでした(笑)
三人はそれぞれ違った形の後悔を引き摺り、そして新しい未来を歩くことになります。
なるべく作品中で悪者を出さないハピエン厨ですので、ラストでにっこりして頂けたのなら幸いです(*´˘`*)
月光サイドのお話は超番外編として、投稿サイトとは別の形で書かせていただく予定です(^^)(Twitterにてお知らせします!)
わにさん、連載開始から支えてくださり、毎日楽しみにしてくださって本当に嬉しかったです(*^^*)
ありがとうございました(^^)!
ねこさん またまたコメントありがとうございます(^^)
本作を読み込んでくださった事が窺えます海翔へのお気遣い、大変嬉しく思います。
そうですね…乃蒼と月光の関係を逐一知る海翔が、どうしても関係を切ることが出来ない(肉体関係が無いにしても)二人を見続けるのはツラいかもしれません。
長男気質が災いし、優しく見守ろうとしてしまう海翔が目に浮かびます。
ただ、海翔のプロフィールやあとがきにも書いたのですが彼は陰キャです(^^)笑
ハッピーエンドはお約束いたしますので、最終ページまで温かく見守ってくださいますと幸いです(*^^*)