永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✦ 後悔の果て ✦

✧*。125

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 下腹部の熱が集まった自身の性器から、腹に伝わるはずの精液の感触がしない。
 内で果てた、ドクドクと脈打っていた海翔のそれもだ。
 ずちゅ、ずちゅ、と三回内側を擦って乃蒼を啼かせた海翔は、ゆっくりと自身を引き抜く。

 肩で息をしながら足を下ろした乃蒼の視線が海翔のそれを凝視しつつ、テキパキと後始末をする手のひらに身を任せた。
 彼はいつも、それを乃蒼にさせてくれない。


「……ゴム……してたんだ。 俺のにも……」
「後始末大変だといけないからね。 ローションはかき出しておくけど、中は洗ってあげられない……ごめんね」
「……そんなのいいのに……」
「乃蒼がひとりで後始末するっていうのに抵抗があるんだよ。 愛した後にひとりぼっちにするなんて、俺はヒドい彼氏だ」
「……気にしないでよ。 海翔がそう言ってくれるだけで、俺は救われる」


 乃蒼には、海翔の「抵抗がある」の意味がすぐに分かった。
 何しろそれも、青春の後悔のうちの重要な一つだからだ。

 行為のあと、乃蒼の頭をポンポンと撫でてゆらりと去って行く、着崩した制服の後ろ姿。
 体を起こしながら、何度「今日で終わりだ」と呟いたか知れない。
 その後は決まって教室の窓から空を見て、薄っすらと目に涙を溜めた。


 ───あの頃の俺の後悔を海翔が知ってくれてるんなら、それでいい。 気遣ってくれて、セックスのあとに優しく髪を撫でてくれる海翔が、そんな風に傷付いた顔するな。


 嫉妬した海翔に抱かれて、嬉しかった。
 性急な手付きがいつもと変わらず愛に溢れていた。
 それだけで、乃蒼のかつての後悔はもはや過去の思い出となってしまえている。

 躊躇なく中をかき回す指先に翻弄されていると、海翔は手を拭って早々と支度を始めた。


「明日は俺がご飯作って乃蒼を待ってるからね」


 衣服を整えて髪の乱れをサッと直し、ボールペンとペンライトを胸ポケットに差し込んだ海翔に微笑まれる。


「も、もう行くの?」


 時間がない事は重々承知しているのに、乃蒼は海翔の袖を引っ張って引き止めてしまった。
 終わってすぐだ。
 あと五分、いや三分、いや一分でいい。 もう少しだけ……。
 考えるよりも先に、体が動いていた。


「乃蒼、可愛い事しないで。 行きたくなくなっちゃうよ」
「ごめん……っ、行くなって言いそうになった」
「行ってほしくない?」
「…………本音は」
「ん~~~っ、幸せー!」


 背中を丸めて両腕を広げた海翔に、乃蒼は迷わず飛び付いた。
 ぎゅっと抱き寄せて甘えると、言葉通りの幸せそうな微笑みと喜びの声に感化されて、自身が裸である事も忘れて海翔の胸に頭を擦り付ける。

 セックスの後の海翔は色気が凄まじい。
 表情や雰囲気から、情事の後だと職場でバレやしないかと心配になるほどだ。


 ───でも俺の海翔だ。 俺の……。


 誰に言い寄られても、「最愛の恋人が居るので無理です」とあっさり言い放ってくれそうな海翔は、乃蒼の自慢の恋人だ。
 この体も、声も、心も、すべて乃蒼のもの。

 海翔のサラサラとした長めの後ろ髪を撫でていると、ふと時計に目がいく。


「あっ、時間ヤバいんじゃない!?」
「ほんとだ! じゃあ行ってくるよ。 行きたくないけど、行ってくる」
「俺も、行ってほしくないけど、行ってらっしゃい」
「………………っ!」


 海翔だけに見せる素直で甘えたな乃蒼の本心が、恋人の足止めをさせた。
 驚きに満ちた表情で数秒見詰めてきた海翔は腕時計をチラと見て、素早く腰を屈めたかと思うとさらりと乃蒼の唇を奪った。

 それからわしゃわしゃと髪を撫で、無言で寝室を出て行く。
 扉が締まる直前、照れ隠しのように後ろ手に左手がヒラヒラと振られていたのは、唇を奪われて頬を染めていた乃蒼もしっかりと見た。


「……憎たらしいくらいかっこいい男だな、海翔……」


 人差し指で唇をなぞり、ベッドにゴロンと横になって独り言を呟く。
 玄関の施錠音がして天井を見上げると、部屋が急に無機質になったような気がした。
 けれど、乃蒼はひとりぼっちでも寂しくない。

 恐らく数分後、リビングに置きっぱなしのスマホに海翔からのメッセージが届く。
 そのメッセージと『海翔』の名前を見れば、一人寝の寂しさなど吹き飛ぶに決まっている。
 乃蒼は温かい気持ちに包まれたまま、むくっと体を起こした。


「…………よし、決めた」


 明日は少しだけ早起きして、出勤前にあの花屋に寄ろう。
 そして、黄色いクロッカスの花を買う。
 この家には海翔と乃蒼がそれぞれ育てた紫色のクロッカスの花がバルコニーにあるので、それは二輪必要だ。
 時期外れだが、乃蒼の行きつけの花屋にはきっと、それは必ずある。


「おじさんのニヤけた面が目に浮かぶな」


 ───全裸で幸せに満ちた笑みを漏らした乃蒼は、翌朝……さらに海翔を惚れ直す事となる。





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