永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 扉を開けてすぐにベッドが目に入り、逆にまだそこにはそれしかない光景を見た乃蒼は、瞬間的にここは寝室なのだと分かった。
 リビングキッチンもかなり広さはあったが、この寝室も十二畳かもしくはそれ以上はありそうだ。
 一人で住むには広過ぎる感はあるものの、海翔は生涯お医者様なのでそこは乃蒼も突っ込まない事にした。

 否、突っ込めなかったのだ。
 手を引かれ、クイーンサイズと思しき新品のベッドへ促されると、すぐに服を脱がされて乃蒼は全裸になった。
 新しいベッドの上で、体を清めないまま横たわる事は出来ないと、覆い被さってくる海翔の肩を乃蒼は現在必死に押し戻している。


「ちょっ、待って、海翔! 風呂入りたい……! 潮風で体ベタついてるし!」
「汗かけば流れるよ、大丈夫」
「いや、まだ洗ってもないしさ、あの……中、とか……」
「いつもそうだから、大丈夫」
「いつもって何っ?」
「抱いてって言ったのは乃蒼だよ、大丈夫」
「か、海翔……っ!」


 何かにつけて語尾に「大丈夫」を付けて、非力な乃蒼の抵抗を無にする海翔は、ついさっきまであったよく知る柔和なお兄さんが欠如していた。
 乃蒼は軽々と押し倒される。
 唇を舌でこじ開けられ、入れ込んでは蠢くあの魅惑のキスを何分にも渡って仕掛けられた。
 キスが下手だとしっかり自覚のある乃蒼は、海翔の舌使いにはまったくついていけない。

 薄暗い室内で至近距離に居る海翔と目が合うと、舌をぬるぬると動かしている真っ最中にも関わらず、目を細めて微笑みを浮かべられた。
 その目元のあまりの格好良さに、乃蒼の心臓がドキッとして舌の動きが疎かになると、「集中して」と窘められる。
 無理だと思った。
 こんなに動き回る舌に付いていくなど、ほとんどキスの経験がない乃蒼にはこの感覚が未知過ぎて、ついつい自らの舌を引っ込めてしまう。


「……ふふ、乃蒼いい子だね。 誰ともキスしなかったんだね。 下手くそなまんまで可愛い」
「……んっ?」
「ちなみに月光とはキス、してないよね?」
「な、っ、……んんっ……ん、っ……」
「やっぱ言わなくていいや。  名前出しただけでそんな顔するんだもん。  聞きたくない事聞いちゃったら、乃蒼の舌噛んじゃうかもしれない」


 下手なのは自覚しているのだから笑わないでという意味で海翔を見詰めたのに、何やら誤解された。
 医師らしからぬ物騒な台詞に乃蒼の心が震える。
 普通ならば恐ろしい台詞と受け取られるのかもしれないが、愛されたい願望が強い乃蒼にとって「嫉妬」は、何よりドキドキしてしまう。


 ───いい、海翔にであれば、舌だけじゃなくどこを噛まれてもいい。
 それで海翔の事が好きだという想いを信じてもらえるのなら、何をされても──。


 乃蒼の歯列をなぞりながら、器用にシャツを脱いだ海翔の裸体に触れてみる。
 ……温かい。
 肩に置いていた手のひらを背中に回して、自身の肌と密着させるともっと温かった。
 心臓が壊れてしまうのではというほど、鼓動がうるさい。

 唾液の糸を引いて離れた海翔の唇が、乃蒼の首筋へと移動する。
 顎を仰け反らせて首筋の愛撫に酔うと、頬を撫でられて陥落した。
 海翔のキスと大きくて温かな手のひらは、いつも乃蒼の思考を止めさせる不思議な力があった。


「乃蒼の可愛い乳首を開発したのは誰かな?」
「んっ……っ!」


 優しく頬を撫でていた手のひらがいつの間にか肌を這っていて、きゅ、と乳首を摘まれた。
 誰かと聞かれても、乃蒼には答えられない。  開発された覚えも、答える余裕もなかった。
 濃い桃色の乳首が次第に隆起してゆく。
 指先と唇、舌で犯された乃蒼の両乳首がピンと勃ち上がり、より海翔からの愛撫が神経を脅かす。


「ここも、ここも、一体誰が乃蒼を慰めてたんだろう」
「んぁっ……っ、海翔、待っ……」
「乃蒼は本当は痛いのが嫌いなんだよね。  それなのにアイツはガブガブして……」
「ちょっと、マジで……っ、何を言って……っ?」
「去年の今頃は忙しくて、あんまりゆるぎに行けてなかったんだ。  ローテーション入ったばかりの内科勤務が思った以上にハードでね」
「えっ? ……あっ……あっ……っ!」
「俺だけが乃蒼に触れてると思ってたのに、この体にアイツの噛み跡を見付けた時はね……参ったよ」
「海翔、っ……何……っ?  何を……っ?」
「いつ俺の乃蒼に触れたんだ、触る資格なんかないでしょ、俺の大切なものに傷を付けないで……って。  あの時はちょっと俺も乱暴にしちゃったかもしれないな……ごめんね」


 乃蒼の肌に吸い付きながら、海翔がそう詫びてくるが一体何の話をしているのか。
 まったく話が見えず、乃蒼はいやらしく肌を弄る海翔の髪を乱した。
 それを問いたくても、海翔の唇が常に乃蒼の肌を色付けさせていて、甘やかな痺れに絶え間なく啼く事しか出来なかった。



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