永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 ふっ、と笑う海翔は、嬉しそうに腰を抱いてくれる。
 強く引き寄せられて、整った顔を近付けてくるさり気ない甘やかしに頬が火照ってしょうがない。
 目一杯甘えても海翔は受け止めてくれるという絶対的な安心感が、これまで押し殺してきた本当の乃蒼を開花させた。


「…………海翔、好き? 俺の事、好き?」


 キスを迫ろうとする海翔に恥じらいを持ってそう問うと、ピタと動きが止まる。


「うーん……そうだなぁ。 乃蒼が言ってくれたら、俺も言ってあげる」
「……えっ……」
「気付いてる? 乃蒼は言ってくれてないんだよ」
「…………っっ」
「まだ、言えない?」
「あ、いやっ……そんなこと……」
「言ってほしいな。 その言葉、八年待ってるんだよ、俺」
「…………っ……」


 海翔が本気で望む言葉はただ一つ。
 それを乃蒼も分かっている。
 言うのを躊躇う理由は、……恥ずかしい、……それだけ。

 何しろ告白するのは初めてだからだ。
 乃蒼は長い事囚われていた月光にさえ、「好き」や「愛してる」と言った事がない。
 再会してからは何度もチャンスがあったのにそれを言えなかったのは、無意識に乃蒼は逃げ道を作っていたからだ。
 言ってしまうと後戻り出来なくなる。

 どこかでいつか、こうなるような気がしていた。
 どんな根拠なのかは月光のこれまでを知っていれば火を見るより明らかだが、それはまさに悲しい現実となった。

 「好き?」と聞く事で精一杯だった乃蒼には、「好き」と口に出すのはハードルが高い。
 けれど掴まれた腰にグッと力を入れられて、完全に逃げられなくなった。


「乃蒼、俺はどこへも行かないよ。 言ってもいいんだよ」
「………………っ」
「………………」


 二人は、十センチ距離でしばらく見詰め合う。
 穏やかな声が乃蒼に届いて息を詰めると、海翔は流れるような動作で愛しげに乃蒼の髪を撫でた。
 その優しい手付きに感服し、燻っていた乃蒼の心が決まる。


 これから先も一緒に居たい。
 共に生きたい相手は、海翔しか居ない。
 愛してくれる海翔を、全力で愛し返してみたい───。


 心から溢れ出る想いそのまま、乃蒼は口を開いた。


「…………好き」


 あまりに照れくさくて、恥ずかしくて、目頭が熱くなってきた。
 泣きたいわけではなかったのに、じわじわと瞳に溜まる涙が海翔の姿を滲ませる。

 しかし感極まったのは乃蒼だけではなかった。
 海翔もまた、促してもすぐには言ってもらえないだろうと半ば諦めの胸中に居たせいで、率直な告白にギュッと心が締め付けられていた。


「……っ……乃蒼……っ」


 つい何秒か前まではキスを迫ろうとしていた唇が遠退き、喜び勇んで乃蒼の耳を食んだ。
 強い力で痛いほど抱き締められた乃蒼は、流れ落ちた数滴の涙が海翔のシャツに染み込んでしまう事も厭わず、自らもその背に腕を回す。
 ここだと気兼ねがなくていい。
 好きなだけ抱き締め合い、海翔を感じていられる。


「乃蒼……っ!  お、俺の、俺の乃蒼……っ?」
「う、ん……っ……海翔、っ……」
「あっ、っ……ごめん! 痛い? ごめんね、大丈夫っ?」
「……うん」


 喜びは分かるが、背骨が折れるかと思った。
 痛みを訴えるとすぐに解放してくれた海翔は、焦った様子で乃蒼の両頬を取る。
 薄いグレーのカーテンから覗く夜景をバックに、室内が無音なのも手伝ってムードは満点だったが少々暑くなってきた。


「最終確認だけど、本当に俺でいいの?」


 目前で、真剣な眼差しが乃蒼に迫る。
 今、そんな事は聞いてほしくなかった。
 乃蒼は人生で初めて告白したのだ。
 これまでを知る海翔がやすやすと乃蒼の言葉を信じられないのは分かるけれど、生半可な気持ちで告白したわけではないのにと思うと、純粋に腹が立った。


「……どういう意味」


 ムッとして海翔の瞳を見詰めると、ちゅっと唇を一瞬だけ奪われた。
 目にも止まらぬ早業に、それだけで乃蒼の怒りは鎮まる。


「なっ……!」
「俺は一途だよ。 乃蒼に、一途。 たとえこの先乃蒼に好きな人が出来ても、離してあげられない。 ……まかり間違って月光から復縁持ち掛けられても、もう渡せない」
「赤ちゃん産まれるってのに復縁なんかあるか! ……俺は、……っ海翔の事が好きだって言ってるだろっ」
「……信じていい? 俺、信じていい?」
「…………いいよ。 ……信じて」
「分かった」


 嬉しい、と微笑む、八年越しに乃蒼の恋人となった海翔は、開け放したカーテンをそのままに別の部屋へと乃蒼を案内した。


「乃蒼、来て」
「……え? うん」


 まだ打ち明けていない、もう一つの真実を乃蒼に語るためには、何があっても逃げられないようにするしかなかった。
 手を握り合う二人の鼓動が、真新しく無機的な室内に響き渡るようだった。



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