永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 クロッカスの花言葉を知った翌日から、乃蒼は少しずつ笑えるようになっていた。
 花言葉は「愛の後悔」でも、その後悔の先にはそれを経験した者にしか分からない深みのある幸せが待っている。
 悩み苦しんだ期間が長ければ長いほど、痛みが分かるからだ。

 恋なんてしない、好きな人などもう要らない、……そうやって殻に閉じ篭っていても、人間は一人では生きていけない。
 家族だったり、友人であったり、恋人であったり、支え合う対象はそれぞれ違うかもしれないけれど、独りより、二人がいい。
 孤独なまま生きていけるほど、人間は強くない。
 愛されたい乃蒼は特にだ。
 会わなかった期間も、心のどこかで月光との青春に想いを馳せていた。
 生きる糧にしていた。
 それこそが青春の後悔だとも気付かずに。



 あんなに求められていた時代もあった…ってね。
 ほんと、何考えてんのかまったく読めない女たらしだった。
 俺の事も、きっと、最後まで「愛」してはいなかった。
 そんな最低な奴だけど、根は馬鹿正直で優しくて、嘘のない言葉の数々にはたくさん笑わせてもらった。
 ───苦しかったけれど、楽しかった。  
 二度とない青春を、月光で彩れて良かった。
 あの頃、あの心のままで決別する勇気は、とてもじゃないけど無かった。
 その後悔だけは今も残る。
 ずっと、ずっと、死ぬまで俺の心は月光に支配されなきゃなんないのかって、そう考えると苦しくて苦しくて……。
 誰かに助けを求めたくても、そうする事で月光と本当の意味で別れなくてはならない事が怖かった。
 俺の心はそれほどまでに、月光一色だった。



 ベッドに入った乃蒼は、海翔からのメッセージを待った。
 紫色のクロッカスが乃蒼の家にやって来て、ちょうど一週間。
 枯れないように毎日世話をしてみるけれど、花を愛でた事がない乃蒼には、なかなか愛着というものが湧かない。
 おじさんにもそう言ってみると、「それが当たり前だ。  今まで興味が無かった奴がすぐ花好きになる方がおそろしい」と鼻で笑われた。

 その通りだ。
 現実を見なければ。
 花も生きていて、乃蒼も生きている。
 この空の下のどこかで、海翔も白衣を着て頑張っている。

 少しずつ慣れていこう。
 花のある生活と、海翔から送られてくる「愛の後悔」に。


「……あれ……」


 呟いた乃蒼は、スマホを触って時刻を見てみる。
 海翔からのメッセージは大体決まった時間にくるとはいえ、夜勤もあるためかたまにひどく遅い時間に受信している事があった。
 二十三時を過ぎて一時間も経つと、今日の『おやすみ』は深夜だなと判断し、スマホを枕元に置いて瞳を瞑った。


「今日は夜勤なのかー……。 ……俺先に寝ちゃうからな、……おやすみ、海翔」


 朝、おやすみとおはようを同時に見なくてはならない事に、口元が緩む。
 明日も紫色のクロッカスだけだろうか。
 それとも、黄色のクロッカスを添えてくれているのだろうか。

 乃蒼が返事を返すまで、ひたすら後悔を促す海翔の執念がとても心地良かった。
 海翔の一途さを知らしめてくれて、乃蒼はひとりじゃないと毎日毎日思わせてくれる。
 それが執念、執着だとしても、乃蒼はその方が嬉しい。

 愛されている実感が湧くから。
 愛してみてもいいのかと、希望を見出だせるから。

 いつの間にか乃蒼の心は、海翔一色になっている。
 スマホを握り締めて、深夜にきたメッセージをリアルタイムで見たいがために着信音量も最大にした。



 ───だがその翌日。
 海翔からのメッセージは届いていなかった。
 正しくは、その日「から」、海翔は乃蒼へ愛を寄越さなくなった。







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