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しおりを挟む画面の中にある紫色のクロッカスを見詰めて、乃蒼は固まった。
そんな意味があるとは、思いもよらなかった。
海翔の事なので、紫色のクロッカス……つまり「愛の後悔」の意味を知りつつ、伝えたい思いをそれに乗せて乃蒼に送ってきていると瞬時に悟った。
その後悔とは乃蒼の心を読んで言っているのか、はたまた海翔本人による自虐なのか、それはハッキリしない。
これが三ヶ月以上に渡って毎日送られてくる、と告げると、おじさんはゆっくりとそばにあったパイプ椅子に腰掛けた。
「紫色だけを送ってくるのかね?」
「……はい……」
「その意味は聞いてみたのか?」
「……いえ、……色々あって、返事もしてなくて……」
「ふむ……」
───怖いんだけど。
おじさんの沈黙も、意味深な花言葉も、どちらも乃蒼には初見で怖かった。
目を閉じて数分、寝てしまったのではとおじさんの顔を覗き込もうとした次の瞬間、急にパチッと目を開けられて乃蒼の体がビクついた。
「お、おじさん、寝ちゃったかと思ったよ!」
「誰が寝るかい。 お前さん、それがいずれ、黄色のクロッカスと共に送られてきたら、その時は返事をしてあげなさい」
「…………黄色の?」
「何があったかは知らんが、紫色のクロッカスを三ヶ月以上も送り付けるとは、よほどの執念だな」
「執念って……」
一瞬言い方が悪いと反論しようとしたが、口を噤んだ。
その通りかもしれない。
海翔は一途だと自分で言っていた。
月光を一心に追う乃蒼を、諦めもせず何年も想い続けたのは「執念」「執着」と言っても過言では無い。
海翔はもしかしたら、自分の事と、乃蒼の心とを同時に代弁しようとしているのではないだろうか。
何年も想い続けていながら、乃蒼に自らの想いを打ち明けなかった「後悔」。
振り向いてもらえないのが分かっていて、それでも尚、一緒に居ることで傷付くばかりの時間を過ごした、乃蒼の「青春の後悔」。
離れてみた今なら、自分を見つめ直せるだろう。
お互いたっぷりと後悔に浸って、後悔し尽くしたら、前を向かなきゃね。
───……海翔は、そんなメッセージを……送ってきていた……?
スマホを握り締めた手が震えてきた。
───会いたい……今、すごく海翔に会いたい……。
目頭が熱くなってきた乃蒼をハッとさせたのは、いつの間にか席を立っていたおじさんの手招きと、「おーい」と呼ぶ声だった。
「こっちに来てみろ。 ……これがクロッカスだ」
「あっ……!」
「初春に咲く花だからそろそろ出回らなくなる。 一輪どうかね?」
「おじさん……商売上手だな……」
「あんたも送ってやったらいいんだよ。 何が後悔だ、そんなもんしてねぇ!ってな。 はっはっはっ……!」
「………………」
呑気なおじさんは、乃蒼のこれまでを何も知らないからそんな軽はずみな事が言えるのだ。
……などと、文句の一つでも言って立ち去る気はさらさら無かった。
乃蒼は商売上手なおじさんから、紫色のクロッカスを鉢ごと買った。
育て方がまったく分からないのでしばらくは毎日来ると言うと、おじさんは頑固そうだった眉間から皺を消して笑ってくれた。
「執念の相手が、いつ黄色を交えてくるか楽しみだ」
それとも永遠に紫色だけかな?と笑いながら言われた時は、意味を知った後なだけに乃蒼も盛大に顔を歪めた。
帰ったらさっそく、気持ちばかりのベランダに鉢を置こう。
お洒落なじょうろは明日買うとして、今日は花言葉と神話について調べてみる。
何もかもを忘れなければと鬱屈とした乃蒼の毎日が、変わろうとしていた。
いくつかの神話は確かに諸説あって、だがそれはどれも悲しいものばかりだった。
けれど、紫色と黄色のクロッカスの意味を調べた乃蒼は、───頬を赤らめてベッドの上で静かにジタバタした。
海翔が考えそうな事だ。
見た目も、声も、乃蒼に甘いところも、ロマンチストがよく似合う海翔が、三ヶ月も紫色のクロッカスを送り続けた意味。
「……そうだな、前向かなきゃな。 てかもっと早く目覚ませって話だよ」
独り言を呟いた乃蒼は、そこで久しぶりに笑顔を作れていた。
本人にその自覚はまるで無かったけれど───。
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