永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。 87─海翔─※

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 乃蒼に触れるのは四ヶ月ぶりくらいだ。
 こんなに日が空いたのは、乃蒼と初めてセックスしてから再会するまでの二年間と、月光との忌々しい数カ月以来。
 その間に、海翔ではなく月光が乃蒼を愛していたのかと思うと気が狂いそうだが、それこそ今は考えないようにするしかなかった。
 どれだけ嫉妬していても、海翔は乃蒼の恋人ではないから咎められない。
 その資格もない。

 いくら今海翔が乃蒼を想っても、───愛は返ってこない。


「……っ、かい、と……っ」
「乃蒼のいいとこ忘れちゃってるかもって心配だったけど、体がちゃんと覚えてたよ。 ここだよね? ここ気持ちいい?」
「あぁっ……だめっ……気持ちいい、から……っ」


 乃蒼も、そして海翔も行為そのものが久しぶりなせいか、体の火照りが尋常ではない。
 頬を赤らめた乃蒼の後孔はすでに海翔の指先によってトロトロに解されていて、早くその中に自身を埋めてしまいたくてたまらなかった。


「あ……乃蒼、ゴム持ってないよね?」
「んんっ? も、ってない……」
「そっか……。 どうしよう。 俺こうなっても拒否出来るつもりでいたから持って来なかったんだよ」


 それは言い訳でも何でもなく、たとえ酔っ払い乃蒼に誘惑されても、月光と決別したばかりの体を抱くなどもってのほかだと思っていた。
 セックスする流れになる可能性もわずかながら考えてはいたが、今日はさすがに飲み潰れるだろうから介抱に回ろうと、そういう気持ちでここへ来たのである。
 まさか缶チューハイ一本でとろんとなり、その後ほとんど覚醒した状態の乃蒼に誘惑されるとは思ってもみなかった。

 美しくか細く啼く乃蒼を組み敷き、己も痛いほど張り詰めているけれど、コンドームが無ければ抱けない。
 どうしても、泣きながら後処理をするあの頃の乃蒼が蘇ってくるからだ。
 切なく微笑んだ海翔は、ふわりと乃蒼の頬を撫でた。


「乃蒼。 今日は挿れられない」
「え…………? なんで……?」
「なんででも。 ねぇ乃蒼、セックスにも色んな形、やり方がある。 ……そんな目で見ないで……。 挿れなくても、たっぷり感じさせてあげるから」


 行為を拒否されたと思ったのか、乃蒼は真っ赤な瞳をうるうるさせて海翔を見上げてきた。
 湧き上がる欲にここまで流されてしまったけれど、海翔にとってそこだけは踏み越えてはいけない境界線だ。
 今日の乃蒼は特に、これ以上傷付けられない。

 いつもの調子でドロドロに解してしまった手前、乃蒼の中の気持ち良さを知る身としてはこれこそ言い訳染みていた。
 だが───出来ない。
 若かったあの頃に流していた涙と、今日の乃蒼の涙は重みが違う。
 体を浮かせて乃蒼から離れると、乃蒼も上体を起こして体育座りをし、膝の間に顔を埋めた。


「か、いと……俺とエッチすんの、……やっぱ嫌、なんだよな……? 海翔ごめんな……? ごめん……」
「いや違うよ、それは違う。 乃蒼、俺は乃蒼を傷付けたくないんだよ。 これはどう説明しても納得してもらえないと思うけど、俺なりの分別なんだ」
「分かんない……分かんないよ……、何だよ分別って……。 嫌なら嫌って、言ってよ……っ」
「おいで、乃蒼。 泣かないで……」


 体育座りでちんまりとなった乃蒼を丸ごと抱き締めて、耳やこめかみに何度もキスをする。
 単に乃蒼と寝たくないだけだと思い込まれてしまい、挙げ句の果てには「俺は誰からも愛されないんだ…」と小さく嘆き始めた。


 ───違う。 そんな事ない。 違うんだよ、乃蒼……。


「もういやだ……なにもかも、いやだ……」
「俺が挿れないって言っただけでそこまで思い詰めないで? 誰が嫌だって言ったの。 こんなに乃蒼を愛してる、のに……」


 自暴自棄になり始めた乃蒼を慰めてやるつもりだったが、言いながらハッと我に返った。


 ───しまった、言葉が思い付かなかったからって直球で言い過ぎた。


 乃蒼を困らせる事は言わないと決めていたのに、ついポロッと想いが溢れてしまった。


「あ、愛し……て、? …………」


 海翔までも自分を拒否したと落ち込み、何かもが嫌だと卑下した乃蒼に、他に何と言葉をかけたら良かったのか。
 顔を上げた乃蒼と目が合うと、真っ赤な瞳から送られる視線がウロウロと定まらない。


「ごめん、乃蒼……約束破っちゃった。 今の聞かなかった事にして……」
「………………」


 懸念していた通り、乃蒼はあからさまに困った顔をしている。
 好きだと告白した時も大いに戸惑わせてしまったのだ。
 「愛」という言葉が平気で口をついて出てしまった事で、海翔の想いの深さをまざまざと知らしめる形となってしまった。

 絶対に、今、言うべきではなかった。

 傷付いた乃蒼が何かを考え込んでいるようで黙りこくってしまい、苦笑を浮かべた海翔はひたすらその体を抱き締めながら「今のは忘れて」と懇願する。
 あれだけ火照っていた互いの熱が、一気に冷めていくのを二人ともが実感していた。



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