永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。81─海翔─

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 のらりくらりと適当な事を言われたらどうしようかと思ったが、海翔の見る限り、目の前の月光は嘘を吐いているようには見えなかった。
 しかしどうしても、いざ月光と対面していると苛立ちや嫉妬の感情が湧く。 過去からの様々な出来事まで蘇ってきて、海翔も平静を装うのがやっとである。


「……そうなんですか……。 では、早紀さんと付き合っていたという事ですか?」
「いや……過去な。 別れてからはセフレだった」
「………………」
「すげぇよ、マジで……女の行動力は。 昔付き合ってたから俺の親の事も早紀は当然知っててな~、……妊娠したって俺の親にチクったんだよ」


 実際の経緯を語り始めた月光がタバコに火を付けようとした。
 「敷地内全面禁煙です」と言うと、苦い顔のまま月光は大人しくテーブルにタバコとライターを置く。
 月光の溜め息と苦笑が止まらない。


「そっから朝まで電話で両家の話し合い。 時間外で婚姻届出せる場所調べてソッコー入籍。 妊娠なんて嘘じゃねぇの、ってここに来るまでは信じらんなかったけど、……なんだっけ? あの白黒の写真見せられてな~」
「……妊娠週数的に、乃蒼と付き合う前って事ですよね」
「そうそう~……」
「……避妊はしてなかったんですか」
「してたに決まってんだろ~。 生は乃蒼としかしてねぇ」


 海翔の眉尻がピク、と動いた。
 そんな事は聞きたくない。
 乃蒼と月光が愛し合っていた現場は学生時代のあの一度しか見ていないけれど、衝撃的過ぎてまだ目に焼き付いている。
 あれを思い出すと胸が締め付けられて苦しくなるほど嫉妬してしまうので、なるべく二人が交わる想像はしないでいたのに、いきなり不意打ちを食らった。

 五年間乃蒼と交わってきた海翔は生でした事など一度もない。
 乃蒼がひとりでトイレにこもり後始末をしていた事まで知る海翔は、生でする事によって乃蒼を汚すようでそんな勇気は無かった。


「……ゴムも100%じゃないですもんね」
「そうなんだよな~……」
「こう言っては何ですが、……月光さんのお子さんで間違いないんですか?」
「早紀がそう言うんだから信じるしかねぇじゃん~……そりゃ俺だって疑いたかったよ。 ……でもそんなの、かわいそうだろ……赤ちゃんが」
「………………」


 海翔が白衣姿だからなのか、月光は非常に明け透けに思いを吐露している。
 意外だったのは、彼はお腹に宿った命を否定していないという事。
 偏見視するようだがセフレを作るような女性である。 出生前DNA鑑定で月光が父親であるという証拠を取ってからの入籍でも良かったのではないかと、ふと疑問が湧いた。
 しかし彼は早紀の言葉を信じ、エコー写真で我が子だと告げられた事実のみを受け入れている。
 乃蒼を傷付けて腹立たしい事に変わりはないが、海翔の職業柄、彼の実直さだけは認めたい。


「俺……マジで、これからどうしよって悩んでんの。 ……乃蒼どうしてっかなー……何も説明してないんだよなー……」


 ぼやいた月光の困り顔を見ると、途端に怒りと嫉妬が復活する。
 同じ男なので、月光の身に起きた突然の葛藤は分からなくもない。
 だが確かなのは、妻である早紀のお腹には小さな生命が宿っているという事。
 いま月光がしなければならないのは、妻と、産まれてくる子を生涯守り抜いていく決意をする事だけだ。

 乃蒼の気持ちを知っていながら見て見ぬフリをし、加えて、過去からの自身の節操無しが招いた唐突な宿命を受け入れるしかない。
 それがどんなに突然で、受け入れがたい事でもだ。


「悩む前に、父親になる自覚を持ってください」
「あ~……どうかね~。 とにかくいきなりだからさ、……」
「乃蒼もそれを望んでいます。 昔から、……望んでいたと思います」
「はぁ~? 昔から~? てゆーかお前さ、聞こう聞こうと思ってたんだけど乃蒼の何なの?」


 今さらですか、と言いそうになってしまった。
 海翔の素性も知らずに、これだけポロポロと本心と真実を語ってくれておきながら、本当に今さらである。


「俺は、乃蒼と月光さんと同じ高校の、後輩です」


 顔色を変えないままそう言うと、月光が目を見開いた。


「え、ウソ、マジで?」
「はい。 俺は当時から乃蒼の事が好きでした。 乃蒼が月光さんから泣かされる度に、さらってしまいたかった。 でも乃蒼は月光さんの事しか見えてない。 今も、昔も、月光さんの背中ばかり追い掛けてる」
「………………」
「俺も偉そうな事を言える立場ではないし、説教をしたいわけではないので聞き流して頂いて結構です。 ……月光さん、気付くのが遅過ぎたんですよ。 当時から、乃蒼の好意に気付かなかったはずがない。 あなたは逃げてたんだ。 男同士の付き合いの先に何があるのか見えなくて。 違いますか?」
「…………どうかな」


 乃蒼への気持ちが本物だったというのは月光の表情で分かった。
 そのいたいけな気持ちを知っていながら想いを大切に出来なかったのも、彼の中で乃蒼との将来が見えなかったからだ。
 女好きな月光が、男である乃蒼を気持ちの上のみで愛していくという自信が恐らく、───無かった。


「気付こうとしなかったのかもなぁ……。 マジで俺、同性愛に偏見とかねぇんだよ。 けど乃蒼はそういうのじゃなかったんだ。 もっと大切で、付き合う付き合わないの境界線上に、乃蒼はそもそも居なかった……女とは違うから、乃蒼は……」
「俺は命を扱う立場の人間ですので、もっともっと言ってやりたい事いっぱいあるんですけど……。 とにかく、乃蒼の事は忘れて父親としての自覚を持って下さい。 俺が話したかったのはこれだけで……」
「───っ乃蒼!!」
「え……?」


 海翔がまだ言い終えていない最中、月光が勢い良く立ち上がり腰掛けていた椅子を倒した。
 間違いなく「乃蒼」と叫んだ月光が見詰める先を、海翔も振り返ってみる。


   ───乃蒼っ。 ……いつから居たの……っ?


 二人に背を向けているその後ろ姿は紛れもなく乃蒼で、ゆっくりと振り向いた綺麗な顔が、立ち聞きが見付かってしまったと頬を引きつらせている。
 月光が乃蒼の元へ歩んで行った。
 うわ言のように、その名を呼びながら。


「乃蒼! ……乃蒼!」



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