永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。80─海翔─

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 配属の変わった整形外科での夜勤から上がる間際、毎日の日課である総合待合室へと向かっていた海翔は、産婦人科の診察から出て来た月光と早紀の姿を見付けた。
 乃蒼が病院にやって来ると知って、予約時間とちょうどいいなと思い降りてきたのだが……。
 この二人に出会すとは思わなかった。

 海翔は、月光と話をしなければと機会を窺っていた。
 何故ならあの日、乃蒼は明らかに真実を告げられたと分かる落胆ぶりで月光の部屋から出て来た。
 早まった事を考えそうなほど憔悴していたのでとても放ってはおけず、図々しく「友人」の名目を使って隣に居座っている。
 しっかりと予防線は張られたが、月光を想い続ける乃蒼を見守ってきた心優しい海翔には、そこにつけ込むしたたかさは持ち合わせていない。

 好きになってもらおうとは思わない。
 いや、もう思えない。
 傷付いて心が不安定な乃蒼から離れないでいられるのなら、このアンバランスな友人の位置で構わないというのは、海翔の本音であり願いだ。

 体の関係などなくていい。
 精神的なショックから笑えなくなってしまった乃蒼が笑顔を取り戻すまで、そばに居られれば、それで───。






「───月光さん」
「ん~?」


 二人が入り口の自動ドアを抜けた所で、海翔が背後から声を掛けた。
 間の抜けた返事と共に月光はゆっくり振り返り、海翔の姿を見るやわずかに驚いた表情を見せる。


「お前は……」
「少し話をしたいんですが」
「え、超イケメンじゃん! なになに~? 月光、この先生と知り合いなの~?  」
「話って、俺に?」
「はい。 出来れば二人で」
「…………分かったー……」


 早紀の存在を見もしなかった海翔が、月光だけを見てしっかりと頷く。
 しばらく真顔で海翔の顔を見ていた月光は、おもむろにスラックスのポケットを探り、車の鍵を早紀に手渡した。


「車乗っといて」
「んもう、私いっつも除け者じゃん」


 不貞腐れて去って行く早紀の背中を見送って、海翔は敷地内にあるオープンテラスへと月光を案内した。
 長期患者のリラックススペース用に造られたそこは、まだこの時間は誰も使用していない。
 白を基調としたプラスチック製の簡易的なテーブルと、対面になるように配置された椅子のセットが計五つある。
 そのうちの一つに、二人は同時に腰掛けた。

 月光は以前会った時より、かなり落ち着いた印象を受ける。
 夫になったからなのか、父親になるからなのか、はたまた乃蒼との別れに月光も憔悴しているのか、それは定かではない。


「話って? ……まぁどうせ、乃蒼の事なんだろ~」
「そうですね。 どこまで話したんですか、乃蒼に」
「え~? 何でそんな事をお前に話さなきゃなんないわけ?」
「俺には知る権利があるからです」
「はぁ? って事は何? お前、乃蒼と付き合ってんの?」
「…………いえ」
「じゃあその権利ってやつはナイね~」


 無表情の月光からあっさりと反撃を受け、海翔は下唇を噛んだ。
 乃蒼と付き合っている、と一度は言ってみたいが嘘はつけない。
   飄々と交わされてしまい、聞きたかった事が何一つ聞けないままなのはどうしても嫌で、話さざるを得ない方向へ持っていこうと決める。

 乃蒼の手前、自分が出しゃばるのは絶対に違うと分かっていた。
 しかし、ここまで一途に乃蒼を想ってきた海翔には譲れないものがある。
 二人のいざこざをリアルタイムで見せ付けられ、勝手ながら振り回された身としては、何がどうなってこんな事になったのかは知っておきたかった。


「乃蒼に……結婚した事と……子どもが産まれる事も言ったんですか」
「何だよ、何で俺らの子どもの事まで知ってんの~?」
「先月まで産婦人科勤務だったんです。 ついでに言うと、月光さんがゆるぎに乃蒼を迎えに来る予定だったあの日、連れて帰ったのは俺です」
「……お前さぁ、俺を怒らせてぇの~?」


 足を組みながらイラついた瞳を向けられた。
 この反応を見ると、月光は決して、遊びで乃蒼と付き合っていたわけではなさそうだ。


「違います。 ずっと気になってたんです。 月光さんも乃蒼を愛そうとしてくれていたでしょう? なぜ急にこんな事になったのか腑に落ちません。 乃蒼と付き合ってた時から、その話があったんですか?」
「あるわけねぇだろ~。 客にも本命居るっつって、枕は金輪際しねぇって言いふらしてたのに。 あ、本命って乃蒼のことね~」
「それならどうして……!!」


 どうして、乃蒼を裏切ったのか。
 あれほど一心に向けられている愛情を感じなかったはずはないのに、月光は最後の最後まで乃蒼の気持ちを踏みにじった。
 少しの幸福を与えてしまったばかりに、乃蒼の心の傷は計り知れないところまで抉られているはずだ。

 月光に心を囚われて、逃げ道のない暗闇に乃蒼はずっとひとりで居る。
 好きで、好きで、いつか自分のものになったらいいのにと淡い期待を持ち続けていたであろう現在の乃蒼の闇は、海翔にさえそれがどれほどの深さなのか想像も出来ない。

 それなのに……。
 乃蒼を救ってあげられるのは月光だけなのに、こんな事になってしまったら……。
 静かに怒気をはらんだ海翔の表情を見て、月光は肩を竦めた。


「……あの日なぁ、♢に来てた乃蒼が店から出たすぐ後に、早紀から電話あったんだよ。 アレがこねぇから検査薬使ったら陽性だったって」



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