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しおりを挟む甲斐甲斐しく乃蒼の世話を焼く海翔に、何一つ会話らしい会話はしてあげられなかった。
海翔もそれを望んではいないようで、必要以上の会話を求めてくる事もない。
別々でシャワーを浴び、乃蒼の服は小さいからと来たままの格好でベッドに横たわる海翔から、背中をトントンされて幼子のように寝かし付けられている。
乃蒼のシングルベッドは海翔の部屋のベッドよりも狭いので、どうしても密着して眠るしかなかった。
「どうせ、眠れなかったらウイスキーボンボン食べる、とか言い出すでしょ。 その前に早く寝ようね」
「…………お見通しですか」
「やっぱりそんな事考えてたか。 ダメだよ、乃蒼。 俺の前で以外は禁酒して」
眠る態勢に入ってようやく肩の力が抜けた乃蒼は、海翔の腕枕に大人しく収まり、寝かし付けようとする振動に瞳を瞑る。
海翔の落ち着いた声は、先程感情を捨て去った乃蒼の耳にも馴染みがいい。
何も考えたくないという思考すら見抜かれているのか、月光の話題は出さないでいてくれるのも彼の優しさを感じた。
「……なんで海翔の前だといいんだよ」
「俺が介抱してあげるから。 飲みたくなったら俺を呼んで。 いつでも飛んでくる」
「…………海翔、夜勤ばっかじゃん」
「それでもだよ。 乃蒼のためなら仕事放棄してでも来る。 ……なんてね。 乃蒼は俺を夜中に呼び出したりなんかしないよ」
乃蒼の性格までも言い当てられた。
すっかり蚊帳の外に追いやっていたが、そうだ。
海翔から、ずっと前から好きでした、と純粋なる告白を受けていたのを忘れていた。
たった十分程度の月光との時間で乃蒼の心がズタズタに壊れてしまったのを言い訳に、海翔の告白が無かった事になっていて申し訳なくなった。
フッた相手に腕枕され、フラれた相手に腕枕をしている二人は傷を舐め合う同士のようにも思える。
一途に想い続けてくれていた海翔が、乃蒼の人間性や性格を熟知しているのも頷けて、だから海翔は「泊まる」と言ったのだ。
月光と乃蒼の間にどんな会話があったかなど、きっと海翔は乃蒼のどんよりとした雰囲気からすでに感じ取っている。
酒に逃げ、自分を見失って涙に溺れ、乃蒼は一人で泣き崩れるのではないかと心配し、こうして隣に居てくれている。
月光の事ばかりを追い掛けていた乃蒼は、こんなにも慈しむ心を向けられると歓喜するよりも自らに悲哀を感じてしまう。
「……海翔……ごめんな」
「なんで謝るの」
「いや……海翔みたいないい男をフッといて、こんな事してもらって……。 俺、自分が情けない……」
「何言ってるの。 情けなくなんかない」
「情けないよ。 今まで俺は何を見て、何を学んでたんだろ、って思う。 ……ほんと、俺はバカだ……」
どんな思いで月光と決別した事か。
あの頃の乃蒼は、もう傷付きたくないと必死で月光との関係を断ったはずだった。
再会し、無邪気に乃蒼を追い掛けてくる姿に見事にほだされた結果がこれだ。
地に足を付けていなければと思っていたのに、いつから本質を見誤っていたのか思い出せない。
月光と再会して三ヶ月ほど。
恋人としての付き合いは二ヶ月弱も続いた。
何の諍いもなく、あの月光からの愛を疑いようもなく感じられていた事から、もしこんな事にならなければ二ヶ月と言わず恋人関係を続けていられたかもしれない。
ただ、幸せを噛み締めていた乃蒼は、重大なことをひとつ忘れていた。
その関係が一年、二年と続くに従い、月光の興味が他に移る可能性があるかもしれないという危惧を。
浮気癖は治らない。
だからこそ、簡単に頷いてしまいそうな自分を叱咤して、無意識下で同居を渋っていたのだった。
今まで何を見てきたのか、学生時代から続く後悔と共に何を学んできたというのか。
絶対的に予測出来た事態にも関わらず、浮ついた乃蒼の心から「最悪の結末」を消去してしまっていた。
───本当に、情けない。
何も学んでいなかった自分が憐れで、情けなくて、……脆弱だ。
「乃蒼。 もういい、分かった。 夢なんか見ないくらい、ぐっすり深く眠ってしまおうね。 俺が抱き締めててあげるから。 俺は離れないから」
「………………」
「乃蒼はバカじゃないよ。 俺と一緒で、一途なだけ。 一途を貫くのは難しい事なんだよ、乃蒼」
いよいよ海翔が本題を取り沙汰した。
あくまで芯には触れず、乃蒼を慰めようとしてくれる儚い温かさに涙が滲む。
慰めなんか要らないと思っていたけれど、いざそう言われるとほんの少しだけ救われた気がした。
乃蒼が月光を想っていた日々と同じだけ、海翔も乃蒼を密かに想ってくれていたのだ。
一途に。
「……そうだな。 海翔も難しかったって事、か……」
「うん。 今、俺と乃蒼は同じ気持ちだと思うよ」
「…………ごめん……」
やはり海翔は、乃蒼と月光の関係が壊れてしまったと分かっているのだ。
傷付き、失恋に胸を痛めているのは自分だけではないと言外に言われてしまい、乃蒼を慰めてくれている海翔もまた、真新しい傷心を抱えた身なのだと悟る。
穏やかに背中を打っていた手のひらが、擦りに変わった。
「乃蒼、……おやすみ」
「おやすみ……、海翔」
一つ涙を溢して海翔の腕を濡らすと、彼は優しく、いつかにも聞いた「大丈夫だよ」と囁いた。
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