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乃蒼は、仕事が終わって真っ直ぐ自宅へと帰ってきた。
未だスマホを見るのが怖くて、朝から鞄にしまったままだ。
仕事中にもしかしたら着信はあったのかもしれないが、ゼロの表示があるとまた悲しくなるので見れていない。
考えれば考えるほど視界が狭くなる。
目を開くと悪い知らせが飛び込んできそうで、そうなると胸も苦しくなって息が出来ない。
嫌な予感というのは往々にして当たる。
何故かは分からないけれど、同棲まで了承しようと思うほどに月光を信じ始めていた乃蒼の胸には、わずか二日連絡が無かっただけで疑念しか宿っていない。
もし月光がキレているならば、乃蒼が仕事中だろうが何だろうが電話を鳴らしっぱなしにするのだ。
乃蒼が出るまで、もしくはスマホの電源が落ちるまでそれはもうしつこく掛けてくる。
それはほんの三ヶ月前に経験済みで、もっと言えば高校時代から片鱗を見せていた。
疑ってしまうのは致し方ないと思う。
『今日すげぇ乃蒼の事抱きたい』
一昨日囁かれた月光の声が、まだ鮮明に耳に残っている。
互いの仕事の関係で昼夜すれ違いのため、付き合い始めてからも月光からはそれほど抱かれてはいない。
片手で足りるほどだ。
それでも月光を信用出来ていたのは、彼なりの不器用さで乃蒼を愛そうという努力が見えていたから。
愛されたい乃蒼を、月光も愛そうとしてくれていた。
乃蒼が不安に陥らないように、いつもの調子でだが「乃蒼好きー」とマメに連絡をくれた。
体だけの関係だった学生時代からは考えられないほど、「好き」と言ってくれた。
安心させてくれようとしていた。
───疑う余地など無かった。
そんな中、連絡が途絶えたのはたった二日。
疑念しか抱いていないはずなのに、頭のどこかで月光を信じたい自分が確かに存在しているのも事実だ。
何か急用が出来たのかも。
太客に連れ回されて疲れて寝ているだけなのかも。
スマホの充電器を失くして、充電が出来ない状況なのかも。
「……これだな、うん……」
乃蒼は色々と考えを巡らせて、無理やり、月光は充電器を失くして連絡が取れない状況にある……と思い込む事にした。
自分に都合の良い、危険な思い込みだが、───もう嫌だ。
考えたくない。
ずっとずっと堂々巡りで、見えない何かから縛り付けられているかのようだ。
乃蒼はまた懲りずに、同じ悩みで苦しもうとしている。
「……違うな。 月光が苦しめてんだよ、俺を。 いっつもそうだ」
乃蒼は苦笑を溢し、テーブルに広げたチョコレートを一つ摘んだ。
海外土産だと客から頂いた、カラフルに個包装されたウイスキーボンボン。
どれだけの酒量が入っているのか、乃蒼は興味本位で一個をパクっと口に含んだ。
「うわ、っ、うわうわうわ……!」
噛んだ瞬間、熱い液体がトロトロと喉を通っていく。
初めて感じる焼け付くようなアルコールの熱さに、急いで水を飲んでそれを紛らわせた。
「なんだこれ、まんま入ってんのな……」
酒に弱い乃蒼には受け入れられないチョコレートだ。
しかしながら、悶えた一時だけは月光の事を考えずに済んだので、これを全部食べてしまえば嫌な考えも悩みもすべて忘れてしまえるかもと、よくない考えが浮かぶ。
ただし、乃蒼が全量食べると記憶どころか意識もなくなるという事は念頭に置かなければならないが───。
衝撃のチョコレートを一瞥し、乃蒼は鞄にしまったままのスマホを意識しながらシャワーを浴びるためにシャツを脱いだ。
───トントン。
その時、玄関から控え目なノック音がして乃蒼は盛大にビクつき、慌ててシャツを着直す。
「…………?」
この時間の訪問者が誰なのか分からず、恐る恐る玄関まで寄って行く。
粗雑な月光はあんなにしとやかにノックはしないし、何より今は勤務中だろう。
……出勤していればの話だけれど。
「……どちら様ですか?」
「俺。 海翔」
「あぁ……海翔か」
扉の向こうから聞こえてきた落ち着いた声色に、何故かとてもホッとした乃蒼はすぐに鍵を開けた。
「わっ……!」
開けたと同時に入ってきた海翔に勢い良く抱き締められ、乃蒼は二歩ほど後退る。
海翔の体からは冷気が伝わってきた。 服も、頬に触れた海翔の髪も、心なしか冷たい。
「乃蒼……」
「どうしたんだよ。 あ、もしかして……想い人にフラれたのか、海翔」
乃蒼の知る限り、海翔は感情の起伏がほとんどなく、常に穏やかな人だ。
抱き締められた彼の力強い腕を感じると、何やら訳アリな様子なのでそう問うたのだが、海翔は違うと微かに首を振る。
「いや違う。 ……フラれに来た」
「…………?」
どういう意味だろう。
腕の力が緩んだ隙に、乃蒼は一旦海翔から離れてそのドストライクなイケメンを見詰めた。
海翔も熱く、乃蒼の瞳を見詰めてくる。
髪を撫で、その手のひらが乃蒼の頬に落ち着くと、切ない笑顔でこう言った。
「……乃蒼の事が好きです」
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