永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。 68─海翔─ 回想8

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   大学一年の秋。
   まだ未成年だからといくら断ってもしつこく、先輩に無理やり連れて行かされたコンパから疲労困憊で帰宅中だった海翔は、目の前に思いもよらない人物を発見し瞳を見開いた。


  ───乃蒼だ……!


  記憶の片隅どころか、会えなくなってもまだ想い続けていた人影が海翔の前に突然現れ、迷わずその後を付いて行く。
 乃蒼は、卒業した頃とほとんど変わっていなかったのですぐに分かった。
 変わったのは髪の色だけだった。
 美容専門学校へ進学した事は知っていたので、高校時代よりもさらに華やかになった乃蒼に海翔は釘付けだった。

 こんな夜中にどこへ行くのだろうと思いながら付いて行くと、乃蒼は一軒のBARの前で立ち止まり、しばらく考え込んでいた。


 ───あ、あそこは……。


 ノーマルお断りのBAR、「ゆるぎ」だった。
 乃蒼は、店の看板を見詰めたまま動かない。
 二日前の誕生日で二十歳の乃蒼はお酒が飲めるようになったはずなので、BARに入っても何らおかしくはないが……ノーマルお断りの店、というのが気になる。

 ───入っちゃった……。

 もしかして夜の相手を探しているのだろうか。
 卒業間近で仲違いした乃蒼と月光は、進学先も一緒らしいので復活していたらどうしようと案じていたけれど、乃蒼がここに一人で居るという事はその可能性は低い。

 この時まだ未成年だった海翔は悩みに悩んだ。
 乃蒼が店に入ってから二十分は自身と格闘したかもしれない。
 もし来店して未成年の身分がバレてしまえば、せっかく受かった大学も退学させられてしまう恐れがある。

 先ほど嫌々連れて行かれた居酒屋は、先輩が居たからまだ良かった。
 だが、今ここで海翔が一人でこの場所に入ってしまったら未来が無くなるかも、と思うとなかなか一歩を踏み出せなかった。


 ───これって……待ってたチャンス……じゃないのかな。


 勉強三昧だった日々ですら忘れられなかった乃蒼の存在。
 彼をこの手に出来るチャンスが、突然また巡ってきた。
 これを逃すと、もう無いような気がする。
 二度と、乃蒼とは出会えない。
 海翔は乃蒼と恋愛がしたかった。

 いつかまた再会出来たら、今度こそ自分を好きになってほしいと思っていた。
 体だけではなく、心で繫がる事でいかに毎日が輝くか。
 乃蒼を好きになった海翔は片思い時ですら楽しかった。
 切なく、もどかしくはあったけれど、恋をすると目の前が開けて明るくなる。
 自分だけの世界だった毎日を、好きな人のために生きたいと思うようになる。


 ───そうだ。 この日のために俺はあの時キスマークを付けたんだ。 乃蒼を手に入れるチャンス、……逃しちゃ駄目だ。


 このままここで待ち続けて、乃蒼が知らない男と店から出て来るのを目撃するなんて事は耐えられなくて、海翔は己の未来を賭けて未知の扉を開けた。


「あら~イケメン君、いらっしゃい♡」


 狭い店内に入ると、カウンター越しから髭面で大柄なオネエさんに話し掛けられた。
 海翔は一瞬たじろいだものの、笑顔で挨拶をした。


「こんばんは」
「まぁ! 目の保養だわ~♡  はじめましてよね? 私の事はビンちゃんって呼んでね」
「はい、ビンちゃん」
「キャ~♡ ささ、好きな席座って! 何飲む!?」


 大袈裟にはしゃいでくれるビンちゃんに笑顔を返して、乃蒼はどこだろうと店内をザッと見回す。
 ゆるぎの店内は、L字型のカウンターと、奥に二人掛けのテーブル席が三セットあった。
 乃蒼はテーブル席の一つに陣取り、突っ伏して寝ているように見えた。


「あそこ、いいですか?」
「えっ、あぁ、構わないけど、あの子初めて来たっていうのに一杯飲み終わらないうちから寝ちゃって。 誰が誘っても起きないのよね~。 すごく可愛らしい子だったから、来店と同時に店中の男達から声掛けられてたのに」
「……俺、あの子と知り合いなんで、連れて帰りますよ」


 やはり入って来て良かった。
 タイプでなくとも、同類なら一度は味見をしてみたくなる乃蒼の見目。
 海翔がここに来なければ、危うく知らない男にお持ち帰りされるところであった。


「あら、飲まないの?」


 海翔は乃蒼の顔を確認してから抱き上げると、ビンちゃんが海翔の後ろに付いて来ていた。


「この子、ここ初めて?」
「えぇ、そうよ。 名前は……えぇっと……何だったかしら! えーっと、んーっと……」
「乃蒼、でしょ」
「そうそう! 乃蒼くん! 本当に知り合いだったのね」
「俺がほんとに乃蒼と知り合いか、確認したいんだろうなと思いましたよ」
「ごめんなさいね♡ イケメンだからって見ず知らずの人に大事なお客様をお持ち帰りされちゃ、私も責任感じちゃうから♡」


 それは確かに、と海翔は笑った。
 表情や語り口から、ビンちゃんはとても良い人で何より誠実そうだ。
 一人でこの店を切り盛りしているらしい店主としての器を見込んで、海翔は乃蒼を抱く腕に力を込めた。


「もし明日以後も乃蒼が来て潰れる事あったら、……さり気なく他のお客さんを排除してもらえませんか」



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