70 / 131
✦ 5 ✦
✧*。 68─海翔─ 回想8
しおりを挟む大学一年の秋。
まだ未成年だからといくら断ってもしつこく、先輩に無理やり連れて行かされたコンパから疲労困憊で帰宅中だった海翔は、目の前に思いもよらない人物を発見し瞳を見開いた。
───乃蒼だ……!
記憶の片隅どころか、会えなくなってもまだ想い続けていた人影が海翔の前に突然現れ、迷わずその後を付いて行く。
乃蒼は、卒業した頃とほとんど変わっていなかったのですぐに分かった。
変わったのは髪の色だけだった。
美容専門学校へ進学した事は知っていたので、高校時代よりもさらに華やかになった乃蒼に海翔は釘付けだった。
こんな夜中にどこへ行くのだろうと思いながら付いて行くと、乃蒼は一軒のBARの前で立ち止まり、しばらく考え込んでいた。
───あ、あそこは……。
ノーマルお断りのBAR、「ゆるぎ」だった。
乃蒼は、店の看板を見詰めたまま動かない。
二日前の誕生日で二十歳の乃蒼はお酒が飲めるようになったはずなので、BARに入っても何らおかしくはないが……ノーマルお断りの店、というのが気になる。
───入っちゃった……。
もしかして夜の相手を探しているのだろうか。
卒業間近で仲違いした乃蒼と月光は、進学先も一緒らしいので復活していたらどうしようと案じていたけれど、乃蒼がここに一人で居るという事はその可能性は低い。
この時まだ未成年だった海翔は悩みに悩んだ。
乃蒼が店に入ってから二十分は自身と格闘したかもしれない。
もし来店して未成年の身分がバレてしまえば、せっかく受かった大学も退学させられてしまう恐れがある。
先ほど嫌々連れて行かれた居酒屋は、先輩が居たからまだ良かった。
だが、今ここで海翔が一人でこの場所に入ってしまったら未来が無くなるかも、と思うとなかなか一歩を踏み出せなかった。
───これって……待ってたチャンス……じゃないのかな。
勉強三昧だった日々ですら忘れられなかった乃蒼の存在。
彼をこの手に出来るチャンスが、突然また巡ってきた。
これを逃すと、もう無いような気がする。
二度と、乃蒼とは出会えない。
海翔は乃蒼と恋愛がしたかった。
いつかまた再会出来たら、今度こそ自分を好きになってほしいと思っていた。
体だけではなく、心で繫がる事でいかに毎日が輝くか。
乃蒼を好きになった海翔は片思い時ですら楽しかった。
切なく、もどかしくはあったけれど、恋をすると目の前が開けて明るくなる。
自分だけの世界だった毎日を、好きな人のために生きたいと思うようになる。
───そうだ。 この日のために俺はあの時キスマークを付けたんだ。 乃蒼を手に入れるチャンス、……逃しちゃ駄目だ。
このままここで待ち続けて、乃蒼が知らない男と店から出て来るのを目撃するなんて事は耐えられなくて、海翔は己の未来を賭けて未知の扉を開けた。
「あら~イケメン君、いらっしゃい♡」
狭い店内に入ると、カウンター越しから髭面で大柄なオネエさんに話し掛けられた。
海翔は一瞬たじろいだものの、笑顔で挨拶をした。
「こんばんは」
「まぁ! 目の保養だわ~♡ はじめましてよね? 私の事はビンちゃんって呼んでね」
「はい、ビンちゃん」
「キャ~♡ ささ、好きな席座って! 何飲む!?」
大袈裟にはしゃいでくれるビンちゃんに笑顔を返して、乃蒼はどこだろうと店内をザッと見回す。
ゆるぎの店内は、L字型のカウンターと、奥に二人掛けのテーブル席が三セットあった。
乃蒼はテーブル席の一つに陣取り、突っ伏して寝ているように見えた。
「あそこ、いいですか?」
「えっ、あぁ、構わないけど、あの子初めて来たっていうのに一杯飲み終わらないうちから寝ちゃって。 誰が誘っても起きないのよね~。 すごく可愛らしい子だったから、来店と同時に店中の男達から声掛けられてたのに」
「……俺、あの子と知り合いなんで、連れて帰りますよ」
やはり入って来て良かった。
タイプでなくとも、同類なら一度は味見をしてみたくなる乃蒼の見目。
海翔がここに来なければ、危うく知らない男にお持ち帰りされるところであった。
「あら、飲まないの?」
海翔は乃蒼の顔を確認してから抱き上げると、ビンちゃんが海翔の後ろに付いて来ていた。
「この子、ここ初めて?」
「えぇ、そうよ。 名前は……えぇっと……何だったかしら! えーっと、んーっと……」
「乃蒼、でしょ」
「そうそう! 乃蒼くん! 本当に知り合いだったのね」
「俺がほんとに乃蒼と知り合いか、確認したいんだろうなと思いましたよ」
「ごめんなさいね♡ イケメンだからって見ず知らずの人に大事なお客様をお持ち帰りされちゃ、私も責任感じちゃうから♡」
それは確かに、と海翔は笑った。
表情や語り口から、ビンちゃんはとても良い人で何より誠実そうだ。
一人でこの店を切り盛りしているらしい店主としての器を見込んで、海翔は乃蒼を抱く腕に力を込めた。
「もし明日以後も乃蒼が来て潰れる事あったら、……さり気なく他のお客さんを排除してもらえませんか」
10
あなたにおすすめの小説
【完】君に届かない声
未希かずは(Miki)
BL
内気で友達の少ない高校生・花森眞琴は、優しくて完璧な幼なじみの長谷川匠海に密かな恋心を抱いていた。
ある日、匠海が誰かを「そばで守りたい」と話すのを耳にした眞琴。匠海の幸せのために身を引こうと、クラスの人気者・和馬に偽の恋人役を頼むが…。
すれ違う高校生二人の不器用な恋のお話です。
執着囲い込み☓健気。ハピエンです。
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
2度目の恋 ~忘れられない1度目の恋~
青ムギ
BL
「俺は、生涯お前しか愛さない。」
その言葉を言われたのが社会人2年目の春。
あの時は、確かに俺達には愛が存在していた。
だが、今はー
「仕事が忙しいから先に寝ててくれ。」
「今忙しいんだ。お前に構ってられない。」
冷たく突き放すような言葉ばかりを言って家を空ける日が多くなる。
貴方の視界に、俺は映らないー。
2人の記念日もずっと1人で祝っている。
あの人を想う一方通行の「愛」は苦しく、俺の心を蝕んでいく。
そんなある日、体の不調で病院を受診した際医者から余命宣告を受ける。
あの人の電話はいつも着信拒否。診断結果を伝えようにも伝えられない。
ーもういっそ秘密にしたまま、過ごそうかな。ー
※主人公が悲しい目にあいます。素敵な人に出会わせたいです。
表紙のイラストは、Picrew様の[君の世界メーカー]マサキ様からお借りしました。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい
マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。
最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡)
世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる