永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。 64─海翔─ 回想4

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 ホテルに到着し、緊張と期待が交互に襲っていた海翔は迷わず宿泊のボタンを押そうとした。
 これから乃蒼を抱くのに、ほんの数時間では絶対に足りないと思ったからだ。
 叶う事なら、……朝まで一緒に居たい。 翌日の学校など知った事かと、待ち望んでいた乃蒼との逢瀬に浮足立っていた。

 だがそれは、乃蒼本人から制されてしまう。


「あ、待って下さい。 俺帰らなきゃだから、その……休憩で」
「…………分かった」


 浮足立っていた海翔の心がじわじわと元の位置へと着地する。


 ───そっか。 そうだよね。 見ず知らずの俺なんかと一晩過ごすなんて、無茶な願望だった。


 海翔は乃蒼を充分過ぎるほど知っているが、乃蒼は海翔を知らない。
 歳下ではあるけれど同じ学校の生徒なのに、初対面のように接してきて寂しい気持ちになった。

 海翔は冷静にベッドへ腰掛け、先にシャワーを浴びたいと言った乃蒼を待った。
 シャワーの音がし始めると、冷静ぶっていた心が途端に緊張してくる。


「乃蒼……許してくれるかなぁ……」


 土壇場になって恐怖を感じた乃蒼から、「やっぱり無理」と言われる最悪の事態を想定した。
 そうなると海翔の欲望と恋心の行き場は永遠に無くなる事になり、言うまでもなく絶望感を味わう羽目になるだろう。

 しかしながら、後悔しながらも月光とよろしくやっている乃蒼が見知らぬ男についてきただけでも、大チャンス到来だった。
 この好機を掴み取るしかないと思った。

 二度とないかもしれない、乃蒼との時間。
 月光を想う気持ちが本物だという事は、一年以上乃蒼を見守り続けた海翔だからこそ分かる事。
 これを機に、月光ではない男も意外といいもんだと気付いて、月光から離れてくれたらいいのにと強い願いを抱く。

 シャワーから出て来た乃蒼は、バスタオルを腰にだけ巻いた姿だった。
 油断していた海翔はというと、その見惚れるほどの裸体に思わず立ち上がり、乃蒼の前まで歩んだ。


『……っっ! な、なんて綺麗な……!』


 顕になった上半身に釘付けだった。
 真っ白な肌、滑らかそうな質感、ピンク色の乳首、細くくびれた腰……決して女性的ではないが、乃蒼の裸体は一見すらりと華奢な印象そのままであった。

 忌々しいのは、恥ずかしそうに乃蒼が背中を向けた時に見えた月光の噛み跡だけ。
 あとは美しい乃蒼そのものの体躯に溜め息が漏れた。
 怯んで帰ってしまっていたらどうしようと不安を覚えながら、海翔もシャワーを浴びた。
 出て来ると乃蒼はちゃんと居てくれ、ベッドに腰掛けてホテルの内装をキョロキョロ見回している。


「ふふっ……ホテルが珍しい?」
「あ……はい、はじめてなので」
「中で準備とかしてないよね? 俺やりたいから」
「……っ……はい」


 乃蒼は、海翔の言葉にいちいち頬を染めた。
 体は快感を知っているが、こういう雰囲気には慣れていないのだとすぐに分かった。
 あの月光という男は、単に乃蒼の体だけが目当てではないのかと今さらながら腹が立ってくる。
 ベッド脇に腰掛けた乃蒼にのしかかりながら、すでに勃起していた海翔は何食わぬ顔で他人を演じた。


「お兄さん初めて? ……じゃないよね、お兄さん綺麗だもんね」
「初めてじゃないけど……まぁいいじゃん。 全然知らない人とするのは初めてだから、ちょっとドキドキします」


 伏し目がちにそんな事を言う乃蒼にキュンとした。
 もしかすると海翔の事を、こういう事に手慣れた年上の人だと勘違いすらしていそうだった。


「そうなんだ。 ……可愛いね」
「………………」


 素直な感想を述べただけなのだが、押し倒された乃蒼は両手で顔を覆って耳まで真っ赤にしている。
 言われ慣れていない。
 そう感じた。

 「可愛い」と言っただけで乃蒼が照れてしまい手を出しづらくなったので、海翔は他人行儀を続行する。


「名前、聞いてもいい? 本名じゃなくてもいいから」
「…………のあ」
「のあ? 女みたいな名前だ」
「本名なんだけど」
「あ、ごめん。 俺は海翔。 海に翔けるで、海翔。 お兄さん本名教えてくれたから、俺も本名ね」
「いい名前。 俺のキラキラネームが霞むくらい」


 本当は、乃蒼の名前などずっとずっと前から知っている。
 本心では無かったが、女みたいな名だと揶揄ってみると、乃蒼はちょっとだけムッとしていた。
 狙い通り、照れから意識を逸らす事が出来たようだ。


「キラキラネーム……? あぁ、確かにそうだ、ノアはキラキラネームだね」


 素知らぬ顔でフッと微笑んでみせると、うん、と頷いた乃蒼がふいに海翔と視線を合わせてきた。


 ───乃蒼だ……。


 月光ではなく自分を見詰めてほしいと思っていた乃蒼が今、真っ直ぐに海翔だけを見てくれている。
 だが真面目な海翔の心中は複雑だった。

 本当にこのままやってしまっていいのだろうか。
 なぜ、月光が居るのに海翔に付いて来たのだろうか。

 思う事は色々あったが、押し倒したまま手を出さない海翔に痺れを切らした乃蒼に背中を抱かれた瞬間、そんな心の声は聞こえなくなった。

 恋い焦がれた者からの催促によって、絶対に彼に敵うはずのない海翔は呆気なく欲望を曝け出す事となった。




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