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✧*。62─海翔─ 回想2
しおりを挟む二人が行為に及んでいる隣の空き教室に用があった海翔の驚きたるや凄まじく、どういう事なんだとしばらくその場から動けなかった。
月光はノーマルなはず。
という事は、乃蒼は月光に告白でもしてうまくいった、という事なのだろうか。
……良かったね、などとはとても思えなかった。
まさに、モーションをかけようとした前日に衝撃的なものを見てしまったのだ。
覗くような真似はしたくなかったが、高ぶる興味本位で少しだけ中を覗いてみると、二人は明らかに手慣れていた。
恐らく今日が初めてではない。
何度も体を重ねた事のある動き方に加え、意図せず互いのリズムに合わせようとする阿吽の呼吸まで感じた。
海翔は背を向けた。
なるべく足音を立てずに男子トイレへ駆け込み、心を落ち着かせる。
……だけでは到底足りず、乃蒼の裸体と結合部を見てしまったせいで反応した性器を取り出し、扱いた。
抜くと少しだけ気持ちが落ち着いてきて、ふぅ、と息を吐いたと同時に誰かがトイレに入って来た。
ここはそうそう生徒が立ち寄る事のない四階男子トイレ。
誰だろうかとヒヤヒヤして、出るに出られずそのまま海翔は息を殺す。
『隣に入った……?』
入って来た人物は、小ではなく大かと苦笑し、海翔はそそくさと出て行こうとしたのだが……。
「んっ……っ、……ふっ……ん……っ」
『………え……っ乃蒼!?』
隣の個室から乃蒼のあられもない声がし始め、海翔の体は固まった。
声だけではない。
ぐちゅぐちゅ、ぐちゅぐちゅ、と聞き覚えのあるいやらしい音も同時に聞こえてきて、乃蒼はもしかして後始末をしているのではとすぐにピンときた。
「……うぅ、っ、……んっ……」
『ちょ、ちょっと……っ、刺激が強過ぎ……!』
「ふっ……ぅ、……っ……」
せっかく今抜いたばかりなのに、また下半身が疼いてくる。
乃蒼の声は扇情的で、可愛くて、泣いているのか鼻を啜る音も無性にそそられた。
自分で穴に指を入れて掻き回している姿を想像しただけで、前が張り詰めて痛い。
しかし、ここで海翔が無闇に動いて物音を立てると、乃蒼は誰かにその声や音を聞かれたのではと焦るだろう。
それだけではなく、恥の念に駆られて学校にさえ来られなくなるかもしれない。
『……何なのアイツ……!』
海翔は眉を顰めた。
行為の後、毎回月光は乃蒼にこうして一人で後始末をさせているのだろうか。
ここへは生徒がほとんど誰も立ち寄らないからと、こんな場所で一人きりで乃蒼に後始末をさせているのだと知ると、腸が煮えくり返りそうだった。
男同士のセックスは、どう考えても受ける側の負担が大きい。
まだ放課後まで四時間以上もある。
固い椅子に腰掛けるだけで違和感を伴うであろう事は、容易に想像できる。
ここで乃蒼が後始末をしている、それはイコール月光はコンドームを使わずその上、中で果てたという事だ。
せめて乃蒼と顔見知りであったなら、「いいから任せて」と言いながら海翔が後始末をしてやりたかった。
泣かなくていい。 大丈夫だよ。
実際にそれが叶わなくとも、言葉で安心させてやる事など容易いではないか。
『……あんな奴のどこがいいの』
見た目は申し分ないかもしれないが、体を繋げた相手に彼は何の気遣いもしてやっていない。 中身が最悪だ。
自分を過信するわけではないけれど、月光よりは優しいし思いやりもある。
それに、見た目だけで言えば、月光と系統は違うが自分もそこそこモテる方だ。
『……月光なんかやめて、俺にしなよ……』
トイレの壁に凭れて、切なさに耐え切れず瞳を瞑った。
海翔は息を殺し、乃蒼の後始末が終わるのをジッと微動だにせずに最後まで待った。
くちゅくちゅ音がしなくなると、乃蒼は少しだけ泣いて、溜め息を一つ零し、意を決するように勢い良くドアを開けて手を洗っていた。
乃蒼の足音が廊下から聞こえなくなって、ようやく海翔も個室を出る。
「乃蒼……」
泣いていた理由など、聞かなくても分かる。
二人は付き合ってはいないが体の関係があり、乃蒼の想いを知ってか知らずかそれでも月光は女遊びをやめない。
乃蒼が月光に送る眼差しは、恋するそれだった。
月光が求めるから受け止めている。
だが、行為の後にしくしくと泣いてしまうという事は、またやってしまったと自己嫌悪に陥っているのだ。
可哀想だが、そんな男に惚れてしまった乃蒼も悪い。
先の見えない関係など、続ければ続けるほど後からの後悔が大きいような気がした。
乃蒼の気持ちが月光にしか向いていない以上、海翔は動くのをやめざるを得なかった。
その日以降、二人がどこかへ急ぎ足で向かっている姿を見付けたら、海翔は少し時間をずらしてトイレ前で見張り番をした。
乃蒼の後始末が終わるのを待ち、手を洗う流水音がしたら海翔はそっとその場から立ち去る。
学年が違うのでほんの数回しか見掛けるチャンスは無かったが、……その度に乃蒼はしくしく泣いていた。
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