永遠のクロッカス

須藤慎弥

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✧*。61─海翔─ 回想

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… … …


 海翔が高一に上がったばかりの春、母親が再婚した。
 長くシングルマザーを貫いてきた母なので、海翔はもちろん大賛成だった。
 どんな人が父親になろうとも、もうこの歳にもなればうまくやれる自信がある。
 反抗期などほんど無い。
 不満に思う事も、イライラする事も無い。
 忙しい母の代わりに海翔が幼い妹の面倒を見てきたので、多少の人間のワガママなど聞き流せるようになったからかもしれない。
 そのため海翔は、当時から年齢よりも遥かに落ち着いた大人びた美青年だった。

 思春期を迎えてから判明したのだが、海翔は生粋のゲイではない。
 いわゆるバイというやつで、女性も抱けるがどちらかというと男性の方が好き、といった趣向の持ち主であった。

 初体験は中二の夏、付き合っていた彼女とだ。
 そこから自身の違和感を感じ始め、試しに見目の良い男を引っ掛けて行為に及んで気付いた。
 男だけが好きなわけではないけれど、女性とセックスするより何倍も興奮する。
 海翔は性的嗜好の受け入れも早く、それ以降、基本的に女性は性対象として見れなくなった。



 高一の冬、美しくも物悲しい横顔を見た。
 年が明けたばかりの寒々しい気候だった。
 放課後、皆にならって帰宅しようとしていた海翔の目の前に、その人物は居た。

 海翔は階段の踊り場を横切ろうとしたのだが、その生徒は窓際から一ミリも動かない。
 なぜこんなところで突っ立ってるんだろう、と何気なく見た海翔の心臓が、刹那「ドキッ」と鳴った。


「…………っ」


 思わず立ち竦み、あまりにも綺麗な横顔に目を奪われた。
 微動だにせず、誰かを一心に見詰めていたそれこそが乃蒼だった。
 学生鞄を肩に掛け、窓枠をギュッと握って切なげに、しかしそれを押し殺すような無表情で乃蒼が見詰める先には───校内で知らぬ者は居ない、月光が居た。

 月光の隣には、他校の女。
 二人を取り巻いている複数の人間も女子生徒ばかり。
 まさに月光は、女性を四方にはべらせて校門までの道を闊歩していたのである。
 その後ろ姿を眺める乃蒼は、下唇を少しだけ噛んで何かに耐えていた。


『───あの人の事が好きなんだ』


 自分がゲイ寄りのバイだからと、誰しも男に惚れるわけではないと分かっていたのだが、何故か「この人も同類だ」とすぐに見抜いた。
 月光の周りで甘えた声を上げる女子生徒には目もくれず、ただ一点……月光だけを見詰めていた眼差しに心許無さと愛着を覚え、海翔はその日から乃蒼のストーカーの如く素性を調べまくった。


「なるほどね。 ……片思いか」


 乃蒼は海翔の一年先輩で、高校二年生。
 血液型はB、海翔がOなので相性は良い。
 身長百七十cm、この時の海翔が百七十五cmだったので、並ぶとまぁまぁかと笑む。
 体重は五十六kg、肩幅から見ても、華奢なのが見て取れる。
 好きな事は料理らしい。
 海翔も家事は得意なので、一緒に暮らしたら家事分担が出来て最高じゃないとまた笑んだ。

 そして、乃蒼がひたむきに見詰めていた月光の事だが、海翔が調べるまでもなく乃蒼の友人である月光は無類の女好きで節操無しだという噂で溢れていた。

 あの熱のこもった視線は恋愛感情を持ったものに違いなく、乃蒼の儚い片思いなんだと知って海翔はやる気を出していた。


「俺が救ってあげなきゃ」


 ノーマル嗜好の月光を想っているよりも、海翔の方がずっと真摯に乃蒼を愛してやれる。
 乃蒼は、一般的に見ても女性からモテる部類に入るにも関わらず、一途に月光を見詰める姿が健気でたまらなかった。
 調べによって乃蒼の粗方のプロフィールや素性は把握出来たので、勇んで落としにかかるつもりでいた高校二年目の春。
 海翔は偶然、見てはいけないものを見てしまった。


『えっ……!? の、乃蒼……っ? と、月光……!?』


 あまり生徒が近寄らない教室の隅で、セックスの真っ最中である現場を目撃したのだ。
 声を殺しているのだろうが、微かに漏れ聞こえてくる男の喘ぎ声。
 濡れた吐息と、快感に呑まれた高い嬌声が海翔の耳をこれでもかと刺激した。


『うわ……どうしよう、どうしよう……っ』




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