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✧*。60─海翔─
しおりを挟む─海翔─
泣き腫らした目を擦りながら、乃蒼は自宅へと入って行った。
海翔は扉が閉まるその瞬間まで見届けて、そのままの姿勢で五分ほどまったく動けなかった。
ハンドルを握る手に力がこもる。
───月光の奴、何度乃蒼を傷付けたら気が済むんだろう。
いつもいつも、笑顔になったと思うとたちまち顔を曇らせる乃蒼が、海翔は心配でたまらない。
この手に出来る日を待ち侘びるだけで、乃蒼に真実を伝えられない臆病な自分では慰めるだけで精一杯だった。
乃蒼は一体、いつ本当の笑顔を見せてくれるのだろう。
海翔は、乃蒼が自分のものにならなくても笑顔で居てくれるならそれでいいとさえ思い始めていた。
満を持して二人きりで食事に行って以降、二ヶ月も音沙汰が無かったからだ。
「連絡して」とは言ったものの、恋人がいる手前やすやすと他の男に連絡をしてくるはずがない。
乃蒼の恋人が、あの月光ならば尚更だ。
海翔に連絡がないという事は、月光との付き合いが順調にいっているのだろう。 それならば、いよいよ忘れる覚悟を決めなければと思っていた。
想い続けたこの七年を、ひたすらに悔いながら。
乃蒼と一緒に居たいけれど、乃蒼から月光を引き剥がすなど残酷な事は出来ない。
海翔と同じく、乃蒼は一途だから。
それなのにまた、乃蒼が泣いた。
いつも乃蒼は泣いている。
月光を想い、月光に愛されない悲愴を漂わせて、いつも、いつも。
「俺はどうしたらいいのかな……」
奪い去る自信はある。
乃蒼が弱っているまさに今、付け込んでしまえばいい。
想いを込めたキス一つで、素面状態の乃蒼はたちまち海翔を意識してくれていた。
キスだけではない。
なし崩しにセックスへと持ち込めば、乃蒼はほぼ確実に海翔を見てくれるようになる。
どれだけ乃蒼を愛した事か。
どれだけ乃蒼を想い、胸を焦がした事か。
───だが、月光に心を奪われた乃蒼を手中に収めるなど、今の海翔にはどれだけ悩もうとも無理だ。
傷付いた乃蒼は前に進まなくてはならない。
月光を忘れる努力をしなくてはならない。
きっと月光は、悪い知らせを乃蒼に持ってくる。
これは海翔の予想ではなく、確信だった。
あの男は、憎たらしいほど乃蒼を傷付けてばかりだから───。
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