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しおりを挟む海翔からエプロンを外された乃蒼は、ベッドに引っ張り込まれた。
朝ご飯を食べて間もないのに、もう寝るのかと乃蒼は薄く笑う。
「ごめんね……夕べあんまり寝てないから」
「そっか。 俺をここに運んですぐ妹達の支度した感じ?」
「いや、寝るには寝たんだけど、二時間くらいで起きたからね。 夜勤だと仮眠も出来ない事あるからちょっと寝ときたい」
「大変だなぁ、お医者さんは……」
真ん中の妹はかなり早く登校したようで、短時間睡眠のまま朝ご飯の準備やらで忙しく動いて、海翔は今ようやくゆっくり出来る時間なのだ。
医師の勤務形態はよく分からなかったが、海翔は早くも眠そうだった。
男二人だとどうしてもベッドは窮屈で、海翔が寝やすいようにと乃蒼は少し端へズレる。
「乃蒼、俺が寝てる間に帰ったりしないでね?」
「帰らないよ。 迷惑掛けたのに、そんな不義理はしない」
「ふふっ……乃蒼のそういうとこ好きだな」
「簡単に好きとか言うなよ。 勘違いされるよ?」
「乃蒼にならいいよ。 どんどん勘違いして」
「一途なんだろ、海翔。 そういう事言っちゃ駄目」
海翔の優しい声を聞いていると、例の意味深な台詞を思い出す。
好きな人が居ながら、まるで乃蒼を心から欲するかのようなあの台詞は、もしかしてを連想させてドキドキしてしまう。
月光から連絡がこない事に胸が落ち着かないけれど、海翔が色々と話し掛けてくるので今の所はそれほど感傷に浸らずに済んでいる。
それだけは本当に助かった。
「あ、こら、足を絡ませるな」
「乃蒼、きて。 何で離れてるの」
せっかく海翔が寝やすいようにと乃蒼は端に寄ったのに、グイと体を抱き寄せられてしかも長い足を絡ませてきた。
密着が過ぎるだろと非難の目を向けても、目を閉じた海翔は知らん顔だ。
「……これはちょっとくっ付き過ぎ……」
「月光と付き合ってる以上は手出さない。 安心して」
「一途が聞いて呆れるよ」
「俺は一途だってば」
その余裕の微笑みは、本当に一途な想いに胸を痛めているそれなのかと疑ってしまう。
やる事はやっていてもフラれるのが怖い状況にあるのなら、乃蒼だったらそんなに悠然と笑う事など出来ない。
乃蒼は臆病だ。
通知がゼロだったスマホを視界に入れたくなくて、床に放ったままである。
今まさにそんなグダグダな精神状態の乃蒼は、体調に異変をきたし始めているほど胸が苦しい。
よくない予感ばかりが頭を渦巻いている。
信じたい。 ……信じたいのに、なぜこんなに疑ってしまうのだろうか。
「乃蒼」
「……ん」
「月光の事好き?」
「え……?」
目を閉じていたはずの海翔が、腕枕をしてくれながらジッと乃蒼を見ていた。
「なんでそんな事……」
「ううん。 なんでもない。 ……俺が寝ても帰らないでね」
「だから帰らないって。 俺も眠たいから寝るよ」
「……うん、信じてる。 おやすみ」
話したい事があると言っていたはずが、海翔は乃蒼の「おやすみ」を言う前に寝息を立て始めてしまった。
腕の中に収まっている乃蒼はというと、何故か、乃蒼が帰るのではと不安がる海翔の手前ああ言ったがそれほど眠くはない。
それなのに、欠伸が出る。
何度もだ。
「……起きててもヤな事考えちゃうだけだしな……寝よ寝よ」
午前八時過ぎ。
世の中は忙しなく動き、これから一日が始まろうという時間に、乃蒼はあまり面識のない男のベッドに横たわっている。
未だ月光からの着信はない。
あくまでも予感だが、……何だか、しばらく連絡はこないような気がした。
月光に夢中になり始めてしまっていた、乃蒼の心がチクチクと痛い。
何かが突き刺さるように、ズキズキという痛みも走り始める。
お腹の辺りがずっと苦しかった。
息が出来ない。
信じたいと願う心とは裏腹に、たった一日連絡がこないだけで青春の苦味を思い出す。
「…………ふっ……」
鼻の奥が痛くなってきて、とうとう嗚咽が漏れた。
我慢を解くと一気に涙が零れ落ちる。
零れ落ちた涙は、腕枕をしてくれている海翔の腕付近を濡らしていった。
出勤前の海翔は寝ているだろうから、起こしたくない。
乃蒼は口を塞いで声を殺して泣こうと思った。
だが、その必要は無かった。
「…………乃蒼、大丈夫。 大丈夫だよ」
「……っ……」
寝ていたはずの海翔が、乃蒼を一層強く抱き寄せて背中を優しく撫でた。
───大丈夫なもんか。 何も、大丈夫じゃない。
乃蒼は頭の中でそう反論したけれど、海翔の掌は優し過ぎた。
声も、腕も、優し過ぎた。
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