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しおりを挟む月光と付き合っている以上は、海翔に連絡など出来なかった。
未だにあのキスは「魅惑の」と付くくらいの衝撃と甘さが、脳と唇に残っている。
タイプだからと言い訳しても足りないほど、海翔のキスはクラクラものなのだ。
食事のひとときも、まるであれは大人の恋人同士のデートのようだった。
あの記憶は簡単には薄れない。
海翔に連絡し食事の席を設けてしまえば、意味深な台詞も脳裏に残っているのであのキスももれなく付いてくる気がした。
「ま、待って、月光に連絡を……」
「何もしないダラダラした休日も、たまにはいいもんだよ? 俺とベッドでゴロゴロしようよ。 俺、酒がまだ残ってるだろうし」
「なっ、……そ、それはよくない……気が……」
「今日は俺の隣で一緒に寝て。 話したい事もある」
「話したい事……?」
それは昨夜、カウンター越しにビンちゃんと重要そうな会話をしていた件、だろうか。
乃蒼にはとても重要で、聞いておかなければならない事……。
海翔の前で立ち竦んだ乃蒼は、掃除の行き届いた室内の壁をジッと睨んだ。
「どうするの、帰るの?」
「………………」
話があるというなら残るべきだ。
タクシーですぐさま自宅に戻ったところで、きっと「話って何だったんだろう」と気になってモヤモヤするのは目に見えていた。
「……分かった。 でも、何もしないよな?」
「しないよ、…………多分」
「え!? 多分じゃダメ!」
「ふふっ……冗談だよ。 さすがに実家ではね……乃蒼の声我慢させたくないし。 話をしながら添い寝してくれたら、それでいい」
「こ、声って……添い寝って……」
「洗面所は出てすぐ右の扉ね。 新しい歯ブラシとタオルはもう置いてあるから、顔洗ってリビングにおいで」
朝も順調にイケメンな海翔が言うと、すべて本気に聞こえるから困る。
ベッドで添い寝などした日には何が起きてもおかしくないと思いながら、やはり海翔は有無を言わせない。
選択肢を与えてくれたはずが、悩む時間はくれなかった。
「あ、先にシャワー浴びる?」
「え……あ、うん、……浴びたい」
「じゃあバスタオルと着替え用意しとくね。 洗面所の奥が浴室だから、自由に使って」
ありがと、と礼を言うと、海翔はふわりと微笑んで部屋を出て行った。
そしてすぐに廊下から、
「愛翔~支度できたのー?」
というまさしく長男な海翔の声がした。
乃蒼が聞き耳を立てるまでもなく、「まだー!」という元気な女の子の返事と、「何やってるの、急ぎなさい」などと妹と叱咤する海翔の声まで聞こえた。
───なんだ、このアットホームな朝は。
乃蒼は一人っ子で、両親は共働きだ。
朝も夜も乃蒼一人で支度をし、料理を作り、テレビで寂しさを紛らわせていた。
「……とりあえずシャワー浴びるか」
恐る恐る部屋を出ると、海翔は妹の部屋で支度を手伝っているのか出会す事はなかった。
どうやら海翔の実家は、部屋が三つ、リビング一つの一般的なファミリー向けのマンションのようだ。
シャワーを借りて冷静になってきた乃蒼は、成人して以来こんなにも爽やかで所帯染みた朝を迎えるのは初めてだと笑ってしまう。
用意されていた、乃蒼にはサイズの大き過ぎる海翔のジャージを着ると、彼の印象の通りの清潔そのものな柔軟剤の香りに包まれてポッとする。
「匂いまでイケメンかよ」
フッと笑みを零し、頭を拭きながらリビングに出て行くとようやく妹と対面した。
「あっ、かい兄ちゃん、このお兄さんだれー?」
「兄の友達だよ。 愛翔、ご挨拶は?」
「まなかです! 七さいです!」
「あはは、……可愛いな。 乃蒼です、よろしくね」
愛翔は乃蒼にペコッと頭を下げて、乃蒼が挨拶をするとニコニコと微笑んできた。
子ども好きな乃蒼は、その無邪気な笑顔と子どもらしい声にかなり癒やされた。
突然知らない男が家に居たら驚くだろうに、愛翔は乃蒼をすんなりと受け入れ、しかも食事の席では乃蒼の隣で食べたがった。
小学校一年生らしい愛翔も、まだ幼いというのに目鼻立ちがハッキリしていて可愛らしい。
海翔も愛翔も美形で、今日は見られなかった真ん中の妹だけ例外だとは考えられないので、これはもはやDNAが飛びっきり良いのだとしか思えない。
「───やれやれ……やっと嵐が去った。 ごめんね、朝から騒々しくて」
玄関先で愛翔を送り出す際、すっかり乃蒼に懐いてしまい「行きたくない」とごねていた。
見送りと説得に十五分以上はかかり、乃蒼も盛大に加勢したためか申し訳なさそうに海翔が振り返ってくる。
「いや、俺子ども好きだから気にしないで」
「そうなの? じゃあ俺が将来小児科医院を開いたら、隣で子ども向けサロン開いてよ」
「え、海翔は小児科のお医者さんになるの?」
二人も妹が居て、甲斐甲斐しくその世話を焼いている海翔の姿はまさしく小児科医にピッタリだ。
しかしふと思う。
どこかで誰かが、「俺は小児科医になる」と言っていたような。 乃蒼の記憶の断片が僅かに蘇ってくる。
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