永遠のクロッカス

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
59 / 131
✦ 5 ✦

✧*。57

しおりを挟む



 月光と付き合っている以上は、海翔に連絡など出来なかった。
 未だにあのキスは「魅惑の」と付くくらいの衝撃と甘さが、脳と唇に残っている。
 タイプだからと言い訳しても足りないほど、海翔のキスはクラクラものなのだ。

 食事のひとときも、まるであれは大人の恋人同士のデートのようだった。
 あの記憶は簡単には薄れない。
 海翔に連絡し食事の席を設けてしまえば、意味深な台詞も脳裏に残っているのであのキスももれなく付いてくる気がした。


「ま、待って、月光に連絡を……」
「何もしないダラダラした休日も、たまにはいいもんだよ? 俺とベッドでゴロゴロしようよ。 俺、酒がまだ残ってるだろうし」
「なっ、……そ、それはよくない……気が……」
「今日は俺の隣で一緒に寝て。 話したい事もある」
「話したい事……?」


 それは昨夜、カウンター越しにビンちゃんと重要そうな会話をしていた件、だろうか。
 乃蒼にはとても重要で、聞いておかなければならない事……。

 海翔の前で立ち竦んだ乃蒼は、掃除の行き届いた室内の壁をジッと睨んだ。


「どうするの、帰るの?」
「………………」


 話があるというなら残るべきだ。
 タクシーですぐさま自宅に戻ったところで、きっと「話って何だったんだろう」と気になってモヤモヤするのは目に見えていた。


「……分かった。 でも、何もしないよな?」
「しないよ、…………多分」
「え!? 多分じゃダメ!」
「ふふっ……冗談だよ。 さすがに実家ではね……乃蒼の声我慢させたくないし。 話をしながら添い寝してくれたら、それでいい」
「こ、声って……添い寝って……」
「洗面所は出てすぐ右の扉ね。 新しい歯ブラシとタオルはもう置いてあるから、顔洗ってリビングにおいで」


 朝も順調にイケメンな海翔が言うと、すべて本気に聞こえるから困る。
 ベッドで添い寝などした日には何が起きてもおかしくないと思いながら、やはり海翔は有無を言わせない。
 選択肢を与えてくれたはずが、悩む時間はくれなかった。


「あ、先にシャワー浴びる?」
「え……あ、うん、……浴びたい」
「じゃあバスタオルと着替え用意しとくね。 洗面所の奥が浴室だから、自由に使って」


 ありがと、と礼を言うと、海翔はふわりと微笑んで部屋を出て行った。
 そしてすぐに廊下から、


「愛翔~支度できたのー?」


というまさしく長男な海翔の声がした。
 乃蒼が聞き耳を立てるまでもなく、「まだー!」という元気な女の子の返事と、「何やってるの、急ぎなさい」などと妹と叱咤する海翔の声まで聞こえた。


 ───なんだ、このアットホームな朝は。


 乃蒼は一人っ子で、両親は共働きだ。
 朝も夜も乃蒼一人で支度をし、料理を作り、テレビで寂しさを紛らわせていた。


「……とりあえずシャワー浴びるか」


 恐る恐る部屋を出ると、海翔は妹の部屋で支度を手伝っているのか出会す事はなかった。
 どうやら海翔の実家は、部屋が三つ、リビング一つの一般的なファミリー向けのマンションのようだ。

 シャワーを借りて冷静になってきた乃蒼は、成人して以来こんなにも爽やかで所帯染みた朝を迎えるのは初めてだと笑ってしまう。
 用意されていた、乃蒼にはサイズの大き過ぎる海翔のジャージを着ると、彼の印象の通りの清潔そのものな柔軟剤の香りに包まれてポッとする。


「匂いまでイケメンかよ」


 フッと笑みを零し、頭を拭きながらリビングに出て行くとようやく妹と対面した。


「あっ、かい兄ちゃん、このお兄さんだれー?」
にいの友達だよ。 愛翔、ご挨拶は?」
「まなかです! 七さいです!」
「あはは、……可愛いな。 乃蒼です、よろしくね」


 愛翔は乃蒼にペコッと頭を下げて、乃蒼が挨拶をするとニコニコと微笑んできた。
 子ども好きな乃蒼は、その無邪気な笑顔と子どもらしい声にかなり癒やされた。
 突然知らない男が家に居たら驚くだろうに、愛翔は乃蒼をすんなりと受け入れ、しかも食事の席では乃蒼の隣で食べたがった。

 小学校一年生らしい愛翔も、まだ幼いというのに目鼻立ちがハッキリしていて可愛らしい。
 海翔も愛翔も美形で、今日は見られなかった真ん中の妹だけ例外だとは考えられないので、これはもはやDNAが飛びっきり良いのだとしか思えない。


「───やれやれ……やっと嵐が去った。 ごめんね、朝から騒々しくて」


 玄関先で愛翔を送り出す際、すっかり乃蒼に懐いてしまい「行きたくない」とごねていた。
 見送りと説得に十五分以上はかかり、乃蒼も盛大に加勢したためか申し訳なさそうに海翔が振り返ってくる。


「いや、俺子ども好きだから気にしないで」
「そうなの? じゃあ俺が将来小児科医院を開いたら、隣で子ども向けサロン開いてよ」
「え、海翔は小児科のお医者さんになるの?」


 二人も妹が居て、甲斐甲斐しくその世話を焼いている海翔の姿はまさしく小児科医にピッタリだ。
 しかしふと思う。
 どこかで誰かが、「俺は小児科医になる」と言っていたような。 乃蒼の記憶の断片が僅かに蘇ってくる。



しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

ハルとアキ

花町 シュガー
BL
『嗚呼、秘密よ。どうかもう少しだけ一緒に居させて……』 双子の兄、ハルの婚約者がどんな奴かを探るため、ハルのふりをして学園に入学するアキ。 しかし、その婚約者はとんでもない奴だった!? 「あんたにならハルをまかせてもいいかなって、そう思えたんだ。 だから、さよならが来るその時までは……偽りでいい。 〝俺〟を愛してーー どうか気づいて。お願い、気づかないで」 ---------------------------------------- 【目次】 ・本編(アキ編)〈俺様 × 訳あり〉 ・各キャラクターの今後について ・中編(イロハ編)〈包容力 × 元気〉 ・リクエスト編 ・番外編 ・中編(ハル編)〈ヤンデレ × ツンデレ〉 ・番外編 ---------------------------------------- *表紙絵:たまみたま様(@l0x0lm69) * ※ 笑いあり友情あり甘々ありの、切なめです。 ※心理描写を大切に書いてます。 ※イラスト・コメントお気軽にどうぞ♪

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

だんだんおかしくなった姉の話

暗黒神ゼブラ
ホラー
弟が死んだことでおかしくなった姉の話

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

あなたの隣で初めての恋を知る

ななもりあや
BL
5歳のときバス事故で両親を失った四季。足に大怪我を負い車椅子での生活を余儀なくされる。しらさぎが丘養護施設で育ち、高校卒業後、施設を出て一人暮らしをはじめる。 その日暮らしの苦しい生活でも決して明るさを失わない四季。 そんなある日、突然の雷雨に身の危険を感じ、雨宿りするためにあるマンションの駐車場に避難する四季。そこで、運命の出会いをすることに。 一回りも年上の彼に一目惚れされ溺愛される四季。 初めての恋に戸惑いつつも四季は、やがて彼を愛するようになる。 表紙絵は絵師のkaworineさんに描いていただきました。

処理中です...