永遠のクロッカス

須藤慎弥

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 どれだけ時間が経ったのか、イタリアの高級な水は二本目に突入している。
 月光はこの店内のさらに奥のVIPルームに居るらしく、その姿もまだ見ていない。

 乃蒼は早くも帰りたくなっていた。
 場の雰囲気にそぐわない自身も嫌で、何より退屈だ。


「名前、聞いていいですか?」


 金髪の男は別のテーブルにヘルプに行き、残った黒髪の男が乃蒼と同じ高級な水を飲みながら話し掛けてきた。
 ホストにしては珍しいほど寡黙な男が、「俺は陽炎かげろう」と名乗ってきたので、乃蒼も渋々答えた。


「乃蒼、です。 ……陽炎ってここだけで使ってる名前ですよね?」
「いえ、本名です。 子どもの頃から、キラキラネームだって揶揄われてました」
「分かるなぁ。 俺も乃蒼って超キラキラネームだし。 月光もな」


 ちびちびと水を飲んで時間が過ぎ去るのを待つのは退屈だったが、陽炎と名乗ったホストがようやく話相手をしてくれるらしい。
 どんなつもりで乃蒼をここへ呼んだのか知らないが、月光が視界にも入ってこないのは良し悪しだった。

 こうして姿が見えないまま放っておかれるとムッとしてしまうし、かと言って目に見える場所で月光と客が楽しそうに談笑している様を見ているのも、なかなかにツライと思う。


「あぁ、そうですね。 月光さんとはいつ頃からご友人なんですか?」
「高校。 専門卒業してからはしばらく会ってなかったんですけど、最近はまぁ……色々あって」
「そういえば月光さんの誕生祭の時に「ノア」から電話だって言ってましたね。 誕生祭だから店中ほぼ月光さんの客だったのに、途中で抜けてしまって戻って来なかった日ありました。 あの時のノアさんですか」


 それはもしかしなくても、あの日の事だろう。
 ゆるぎで月光の名前を聞いた瞬間からサングリアをグイグイやってしまい、結局その日から乃蒼と月光の大人の付き合いは始まっている。

 心拍数が若干上がった。
 絶対に封印は解かないと決めていた乃蒼も、月光の手腕に落ちてしまった一人だと気付いて渇いた笑いを漏らす。


「あー……そうなんだ。 もしかして月光のお客さん、怒って離れたんじゃないですか?」
「それが、月光さんその辺が物凄くうまいんですよ。 確かに怒って帰ったはずの太客達が、翌日には何事も無かったみたいに来店されましたから」
「へぇ……」
「近頃は本命居るって公言してるのに、それでも客足が落ちないのはさすがの一言です」
「え、……っ?」


 ───月光がそんな事を……?


 その本命とは、もしかして乃蒼の事を言っているのだろうか。
 いや、そうでないと乃蒼はキレる。

 黒髪の男が「あ」と声を上げたので視線の先を追うと、今日はシックにブラックスーツでキメた月光がこちらへ歩いて来ていた。

 ……やっとである。


「乃蒼~ごめんな、待たせちまって~」
「月光さん。 それでは俺は失礼します」
「あ、ありがとう、陽炎さん」
「こちらこそ」


 月光が来た事でお役御免とばかりに、陽炎は乃蒼に少しだけ笑んで去っていく。
 ここでようやく腕時計を見ると、来店から早くも一時間以上が経っていた。
 待たせ過ぎだろ、と乃蒼は月光を睨む。


「遅いんだけど。 何か用事あったの? 俺、場違い過ぎるから早く帰りたい」
「俺が頑張ってる姿見てもらいたかったんだもん~。 でも今日に限ってVIPばっか使ってるから見せらんねぇ。 意味無え~」


 乃蒼の隣にドカッと腰を下ろした月光が、そう言って無邪気に笑った。
 そんな事を言われると、怒るに怒れなくなる。
 こういうところが、昔からうまいと思う。
 太客とやらが月光から離れない理由も、何となく分かった。

 不機嫌だった乃蒼は「頑張ってる姿見てもらいたかった」の一言ですぐに機嫌を直した。
 女性と仲睦まじく喋っている所は見たくないけれど、月光がどんな場所で、どういう風に働いているのかは見てみたかった。
 ホストという特殊な職は、乃蒼とはこれから先も縁遠い世界を一度でも見られて良かった。


「上がったら一緒に俺ん家帰ろ~。 今日すげぇ乃蒼の事抱きたい」
「やめろよ、こんなとこで……」
「誰も聞いてねーよ~。 なに、照れてんの?」
「照れてない!」


 この異世界チックな職場に居るというだけで月光の雰囲気が少し大人に見えてドキドキしているというのに、あまり言われ慣れない事を囁かれて一気に顔が熱くなった。
 精一杯虚勢を張ると、吐息を直に感じるほどさらに耳元に接近される。


「お仕置きもしなきゃだしさ~」
「あ~お仕置きな。 ……は!? なんだそれっ」
「陽炎と仲良さそうに喋ってたじゃんー。 水飲んでるからまだ許してんだぞ~」
「あ!! てかこの水、一杯五千円らしいな。 月光にツケてるから払いよろしく」
「いいよ~当たり前だろー。 イタリアの訳分かんない水な~」
「出す側はそれ言っちゃダメだろ」
「あ~乃蒼、お仕置きの話流そうとしてない~?」
「訳分かんない水飲んでちゃんと待ってたんだから、それ忘れてよ。 陽炎さんも俺なんかの相手させられて可哀想」


 呼ばれて来てみると一時間以上も待たされ、その上初対面の男二人と会話させられた乃蒼の気持ちを汲めと言いたい。
 女性相手ならまだ良かっただろうが、酒は飲まない、テンションは低い、口下手な乃蒼の相手をした陽炎の方が気の毒である。
 お仕置きなんて言葉は絶対に相応しくない。





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