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しおりを挟むなかなか車を出さない海翔は、ハンドルに両腕を置いてその上に自らの顎を乗せ、黙って目前の海を眺めている。
イケメンは何をどうしてもかっこいい。
お腹も心も満腹な乃蒼もどうせすぐには動けないので、さざ波の音をただただ聞いているこの時間もそう気にならない。
エンジンはかけないまま遠くを見詰める海翔が、何度か切なげに溜め息を吐いている。 例の人を想い、海の魔力に引き寄せられて物思いに耽っているのかもしれない。
本当はこの店にも、恋するその人と来たかったはずだ。
そう考えると尚さら話しかけにくく、無言の時を共に過ごす事で乃蒼は慰めようとした。
二度も体の関係があるよしみだ。 経験上、ささやかながら気持ちに寄り添う事の出来る乃蒼だからこそ、海翔とのこの時間を無駄に出来ないと思った。
一度目も二度目も、海翔の事をドンピシャだと思った自分が可笑しい。
昔も今も少しも好みが変わっていないという事だ。
「……そのキスマークどうしたの? それ、キスマーク隠してるんでしょう?」
「えっ? あ、え、……あ……その……」
「……はぁ、……やっちゃったのか。 二週間はやらないって言ってなかった?」
体を起こした海翔に首元を指差され、バツの悪い乃蒼は咄嗟に両手でその部位を隠した。
月光が見える位置にわざとそれを付けたせいで、あらゆる方向に被害が及んでいる。
熱烈な恋人がいるのねと冷やかされた昼間の赤っ恥まで蘇ってきて、頬が赤らんだ。
しかも海翔には月光との妙案を知られてしまっているので、節操がないと叱られてしまうのではとつい身構える。
「い、言った、言ったけど、二週間目だった」
「それはOKしたって事になるの? ……乃蒼、月光と付き合うんだ?」
「付き合う…………。 うん、まぁ……そうなるかな」
「はぁ……」
乃蒼の返答に、海翔が一際大きな溜め息を吐いた。
やはりこれは叱られてしまう流れだ。
海翔には、乃蒼と月光が揉めている所を二度も助けられている。
それなのにどうしてそんな結論に達するのかと、訳が分からないのだろう。
心配と呆れが混じった溜め息なのだと思い、乃蒼は必死でこの二週間での気持ちの変化を伝えた。
「月光って、バカで浮気性で女好きだけど、俺との約束の間はほんとに我慢してくれてたんだ。 浮気もしてなかったと思うし、デートにも連れて行ってくれたし、約束通り手も出してこなかった」
「その二週間目に手を出すのはどうなの?」
「そ、それは……っ。 俺も応えちゃったから、もういいんだよ。 今までの事をちゃんと精算したかった。 俺、高校の時から月光と一緒なんだけど……あの時から月光の事好きだったんだって今ごろ気付いたんだ。 それに、この二週間……案外楽しかったし……」
海翔が乃蒼と月光の関係性をどこまで知っているのかは分からなかったけれど、半ば言い訳のように素直に胸の内を告白した。
青春の三年間、ただ流されて欲を満たしていただけの苦しい日々を救えるのは、現在の月光しかいない。
当時、どれほど焦がれて独り占めしたかったか。
今もあの時と変わらず乃蒼を欲してくれている月光を独占出来るのなら、この決断はきっと間違っていない。
そう信じている。
「乃蒼、驚かないでほしいんだけど、……キスしていい?」
「………………え?」
───ダメに決まってるじゃん。
何だ急にと、俯いていた乃蒼が驚いて顔を上げるとすぐに両頬を取られた。
返事を待たなかった海翔の顔が迫ってくる。
───ダメ、ダメ……!
頬を包む海翔の手のひらの上に、乃蒼は自身のを重ねて退けようとした。
瞬時に思い浮かんだのは、ずっと拒否している月光とキスだ。
彼のキスは何が何でも避けようとするが、乃蒼の手のひらは完全な拒絶を示さなかった。
「…………んっ」
乃蒼の拒絶よりも、海翔の唇の方が一足早かった。
頬を取る力強さとは反対に、触れてきた唇はどこまでも優しい。
触れたり離れたりを繰り返され、下唇を舐められた時にはもうすでに、乃蒼は海翔のキスに溺れていた。
触れ合うだけのキス一つで、海翔の舌を愚直にもやすやすと受け入れてしまう。
いつかと同じである。
キスだけで体がじんわりと熱くなり、心も満たされたような幸福感が乃蒼の中の罪悪感を消し去ってしまう。
「……ん、……ふっ……」
───いけない……月光と付き合ってる身で、こんな事……。
頭では分かっているのに、体が、手のひらが、海翔を拒否してくれなかった。
付き合う事になったばかりの月光にさえ、いくらねだられても昨日は許さなかった。
酔って記憶が飛んだ時であれば構わないと強がりを言うほど、キスだけは本当に無理だったのだ。
海翔との初めてのキスに衝撃を受けて以来、月光とのキスを拒む理由がもう一つ増えたのだが、まさしくこれが原因であった。
唇を合わせ、慣れない舌を絡ませているだけで、濃厚なセックスに値する。
何も考えられなくなり、思考も、判断も、無きものにされる。
唾液の混じり合う音が耳をも犯した。
どちらのものとも分からない、ぴちゃぴちゃ、という粘膜音が乃蒼の体をゾクッとさせてしまい、正気でなど居られなかった。
「乃蒼、……可愛い」
海翔からの蕩けるようなキスは、何分も続いた。
キスの最中に海翔と視線がぶつかると、あの日と同じ熱い眼差しが返ってくる。
優しくて甘い囁きに、脳内が痺れた。
乃蒼は瞳を瞑り、海翔の首に腕を回してキスの催促までもしてしまった。
壊れてしまうのだ、海翔のキスは。
あの頃から、乃蒼の記憶から離れてくれなかった。
美しく汚れのない想いまで感じる、濃密なる甘さを含んだそれは……まさに、耽美な秘め事に近い。
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