永遠のクロッカス

須藤慎弥

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…  …  …


 月光が付けたキスマークのせいで、乃蒼の予想通りかなりの大恥をかいた。
 そのままにして見せびらかすのも嫌だったので、渋々バンドエイドを貼って対処したのだが、乃蒼の努力も空しく出勤早々冴島と三隈にイジられた。
 案の定、頬を染めた客からも「乃蒼くんの恋人は激しいわね!」と囃し立てられる始末だった。


「月光の野郎……これが狙いだったのか」


 月光が乃蒼の恋人である証、そして乃蒼に恋人がいる証を付けて周囲に知らしめたかったのだ。
 付き合いの甘い、高校生のような事をする。

 おかげで一日中苦笑いをしていたせいで、顔の筋肉がおかしい。
 鏡の前で無表情を作ろうとしても、まだ頬が引きつっている気がした。
 これから美形男と美味しい海鮮を食べに行くというのに、このままでは変な奴だと思われてしまう。


「あ、居た居た」


 濃いベージュ色のトレンチコートを着た待ち人は、駅前で佇んでいるだけで周囲がザワついていてすぐに見付かった。


「うわ、目立ってるなぁ、お兄さん。  てかかなり待たせちゃったかも」


 仕事が終わり次第これでも急ぎ足で駅まで来たのだが、やはり二十時を過ぎてしまった。
 バタバタと帰り支度をする乃蒼を、冴島が最後までニヤニヤしながら見送ってくれたが、今日はその相手ではない。
 
 焦っていた乃蒼が “今から行きます” 、と店を出たと同時にメッセージを送ってみると、 “了解” という言葉と可愛いスタンプが一緒に返信されてきたので、声を掛けやすかった。


「こんばんは。  遅くなってすみません」
「あぁ、乃蒼。 お疲れ様。 車あっちに停めてあるから、行こうか」
「はい」


 駅前のコインパーキングに停めてあった車は、何故か大きなワンボックスカーだった。
 ピカピカ光る真っ白なその色合いは、何となくお兄さんに似合っている。
 促された助手席に乗り込むと、車内は実に質素でふわっといい香りがした。
 どこかの誰かさんのように派手派手しく飾り立てていないところが、またスマートだ。
 運転する横顔を見ながら、乃蒼は駅前のちょっとしたザワつきを思い出してもう一度詫びる。


「お兄さん、ひょっとして、めちゃくちゃ待ったんじゃない?  ほんとごめんね」
「ん……そんなに待ってないよ? なんで?」
「なんか人だかり出来てたよ」
「ふっ……、人だかりってそんなオーバーな。 待ってたって言っても、乃蒼から連絡貰ったあと車降りたよ」


 それが本当なら、たった数分で会社帰りの複数のお姉様方が男を取り囲んだ事になる。
 一般人であんなにも周囲にザワつかれている様を、乃蒼は月光以外で初めて見た。


「それであのザワザワ……? お兄さん病院でも大変なんじゃない? モテモテでしょ」
「そうだねー……否定はしない。 でも俺はゲイだからね。 いくら言い寄られてもまったくその気がない」
「そっか。 女は全然ダメ?」
「……うん」
「俺も同じだから分かるけど……お兄さんはせめてバイだったら人生もっと謳歌出来たかもね」
「あはは……、謳歌かぁ。 考えた事無かったな」


 赤信号でハンドルから手を離した男は、掌で口元を隠して何とも上品に楽しげに笑った。
 イケメンらしく、最高の笑顔である。
 改めて見ると、本当に乃蒼のドストライクな顔立ちだ。 おまけに雰囲気も柔らかく、声も素敵だ。
 これだけの見目でお医者様なら、さぞこれまでも相手に苦労した事がないだろう。


「お兄さんモテモテ人生だからだな」
「俺は一途だから、もう八年くらい同じ人の事を想ってるよ」


 前を向き、前方の車をぼんやり眺めていた乃蒼は、まさかの真摯な返答に勢いよくお兄さんの横顔を見る。


「え!? 八年も!? 一途過ぎだよ、お兄さん……。 その人とは付き合ってんの?」
「いや、片思い。 ……に、なるのかな? たまにやる事はやってるけど。 相手は俺の気持ちに気が付いてないと思う」
「えぇ……!? それ、告白した方がいいよ! お兄さんの一途さ知ったら、その人も絶対断らないって!」
「ふっ……それが今は無理そうなんだよね。 あ、お店着いちゃった。 続きは食事しながらね」


 小高い丘へ進むにつれ海が視界に入ってきて、水面に意識を奪われながらも乃蒼は男の話に興味津々であった。
 これまでゲイ仲間というものを作ってこなかったので、唯一こんな話が出来るのはゆるぎのママであるビンちゃんだけだった。
 だがビンちゃんは色々と複雑な事情を抱えていて、別居中の妻と子が居る身である。
 妻には居酒屋と偽ってあの店をオープンさせたらしいので、いわゆる恋バナをするのは何となく気が引けていた。

 「うん」と頷き、興味深い一途な恋バナにワクワクしながら助手席を降りる。
 すると目の前一面に壮大な海が拝めて感嘆の声を上げ、振り返るとこじんまりとした洒落たレストランもまた、乃蒼の瞳を瞬かせた。


「……う、うわぁぁ……! すごい綺麗なお店……! しかもほんとに海が一望出来る!」
「可愛いお店でしょ。 予約時間より少し早いけど入っちゃお。 乃蒼、お腹空いてる?」
「空いてる! 海鮮楽しみにしてたよ」
「俺も」


 景色とレストランの外観は、否応なしに期待が高まる。 しかもこれからの料理も楽しみで仕方がない。
 外の世界に飛び出したような高揚感も手伝い、やや興奮気味にお兄さんを見上げると……不意打ちにふわりと微笑まれた。
 それはほんの数秒の事だったが、歩き出した男の後ろ姿を思わずジッと見詰めてしまうほどには、乃蒼の心臓が激しく高鳴ってしまった。




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