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しおりを挟む乃蒼の中での彼の最後の姿は、股間を両手で押さえて蹲っている男なら誰しも痛みの分かる可哀想な格好だった。
それをお見舞いしたのは乃蒼本人なのだが、金蹴りして以来大人しかったために改めて彼を忘れる準備に入っていた。
二度と後悔したくない。
恋人面をして乃蒼を喜ばせたその日のうちに裏切られるという、苦過ぎる経験を何度も味わい、それでも無下に扱いきれないのは彼に想いが残っているからで……。
「無視すんなって~。 今バッチリ目合ったから乃蒼の負け~」
「なんで……」
いつもいつも、悪い意味で期待を裏切られる。
濃紺のスーツに身を包み、右手首にはゴツゴツした高そうなブレスレットがジャラジャラ。 左手首にはそれで人を殴ったら流血事件になりそうなほどゴツい時計が嵌っていて、最後に会った日はストレートだったはずなのに、ゆるいパーマがかかっているチャラい髪。
見るからにホストな出で立ちの月光が、ニコニコで近付いてくる。
「乃蒼の家どこ?」
月光の脳みそは、一日寝たらすべてリセットされてしまうのだろうか。
乃蒼の前に笑顔で立つ月光は、金蹴りすら忘れていそうな勢いである。
「あのさ……俺の話は何一つ月光に響いてない感じ? こんなとこで何してんの」
「話しよ。 だから乃蒼の家行きたい~」
肩を抱いてくる力強さと、わざわざ嗅ぐまでもなく甘ったるい香りが鼻についた乃蒼は盛大に嫌な顔をして見せた。
───こいつ、ついさっきまで女といた匂いがする。
「もしかして職場から尾けてきてたのか? マジでストーカーで通報していい?」
「やめてよ~。 乃蒼の一撃で俺しばらく動けなかったんだからなー! お詫びに酒付き合って」
「何のお詫びだよ!」
「いいからいいから。 ほら、サングリア作ってやるから~」
「いい、いらない。 帰って」
「ほんとに~? しばらくサングリア飲んでないっしょ? そろそろ飲みたくなる頃だよな~。 しかも俺、夢と酒を売る仕事してんだぜ? りんごたくさん入れて、グラスもキンキンに冷やして、プロの俺が美味いの作ってやるよ~」
───りんご、たくさん……!
乃蒼の決意を鈍らす月光の巧みな話術とサングリアの誘惑に、持っていたビニールをギュッと握った。
───どうしよう。 酒と共に月光を家に上げるとよくない気がする。 絶対に間違いが起きそうな気がする。
乃蒼は俯いて、必死でサングリアの誘惑から逃れようとした。
「乃蒼、俺二時間後には出勤だから、やらないよ。 我慢するから。 なっ?」
「………………」
そうお伺いを立てられても、何も信じられない。
彼は最大限に自らの武器を使い、乃蒼のみならず幾多の女性を落としてきた強者中の強者だ。
だがしかし、月光は出勤前というのに加え、りんごたくさんのサングリアを作ってくれるという巨大な切り札を持っている。
果肉がふんだんに入ったサングリアは飲んだ事がないので、飲んでみたい。
それしか知らない乃蒼には、その切り札はあまりにも強大だった。
乃蒼は、昔から変わらない二重の瞳をジッと見た。
相変わらずタイプではないが、月光の見てくれはやはり上の上である。
「…………ほんとにやらない?」
「サングリア、めちゃくちゃ練習したんだぞ~」
「答えになってない!」
「こうしてる時間が勿体なくない~? あ、あれだろ、乃蒼の家」
「あんな立派なとこ住むわけないじゃん。 俺の家はこっち」
言いながら向こうの立派なマンションを指差した月光の手を、乃蒼は目の前の二階建てアパートに修正し直した。
───……あ、……しまった。
「こっちか~ふんふん」
自ら自宅を教えてしまい、乃蒼は片目を細めて後悔したがもう遅い。
アパートの方へ歩き出した月光の後ろをついて行きながら、「絶対酔わない、絶対酔わない」と乃蒼は真剣にまじないのように繰り返し唱えた。
あまり効果が見込めなさそうだというのは、一応分かっているつもりであった。
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