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翌日の勤務中の事だった。
朝から違和感のあった右手首が、時間が経つ毎に次第に痛みを感じるようになってきた。
何とかやり過ごしていたけれど、気にし始めるとだんだんと痛みが増している気がする。
「乃蒼、どうした? 手痛いのか?」
バックヤードでカラーリング剤を作っていると、同じ作業のために冴島が隣にやって来た。
何度もダイカップを置いて手首を気にする乃蒼に、冴島が首を傾げる。
「あーいや、痛くはないけど何か変なんだよなー。 動かしにくいっていうか」
乃蒼は、大事な商売道具である右手を握って開いてを繰り返した。
予約客過多で無茶をするほど、まったくと言っていいほど体調不良を訴えない我慢強い乃蒼が、人前で「うーん…」と変調を訴える事が珍しい。 しかも重要な右手なので二人で首を撚っていた。
そこへ表に出ようとしていた三隈も通りがかり、乃蒼がモタモタとカラーリング剤を混ぜているのを見て眉を顰めた。
「どうした?」
「あ、三隈さん。 乃蒼、右手変なんだって」
「いえいえ、大丈夫ですから。 多分寝違えて痺れてるだけだと……」
「大丈夫なのか? 佐伯、利き手右だろ、使いモンにならなくなる前に、自分で予約調整して早めに病院行けよ?」
「……はーい」
自分で言っておきながら、寝違えたというのは絶対に違う。
久しぶりに自慰したからかも、と恥ずかしい結論に達して一人で赤くなった。
だがその後二日経っても違和感と痛みは取れず、ある一定の方向へ向けるとビリッと痛みが走るようになっていて、仕事にも支障が出始めていた。
これが何日も続くとなると、シャンプーするどころかハサミも持てない。
困った末に三隈に相談すると、心配気な顔でほらみろと言わんばかりに一日も早く病院にかかれと語気強く先輩命令を出された。
助手の女性達や数名の先輩も協力してくれ、その日のうちに翌日の予約変更を済ませる事が出来たのも、店のスタッフ皆が乃蒼の日々の頑張りを認めてくれている証拠だった。
症状が表れ始めて三日後、乃蒼は職場からほど近い総合病院へと向かった。
病院などほとんどかからないので、何科に行けばいいのか分からず入り口の大きなボードの前で何分も立ち竦み、現在途方に暮れている。
「えー……外科? 内科、は風邪引いた時とかだよな。 じゃあ……整形外科? うーん……どこ行けばいいんだろ……」
早く受付を済ませなければ、続々と来院してくる患者達に追い抜かされて、乃蒼はゲッソリするほど待たされてしまう。
けれど受付で「手首がビリッと痛むんですけど何科に行ったらいいですか」などと言って、子どもかと内心で笑われる勇気もない。
「うーーん……」
これほど大きな総合病院に足を踏み入れる機会など、そうそう無い。
もしかしてこの手首の痛みはとてもポピュラーな病で、そんな事も知らないの?とクスクス笑われでもしたら恥をかく。
小心者で口下手な乃蒼は、嘲笑されて赤面するくらいならばその辺のおばあさんを捕まえて意見を聞いてみようか、とまで思い始めていた。
どうしても、正解を知ってから自動ドアをくぐりたいのである。
低く唸りながらボードを凝視していた乃蒼は考え事に忙しく、背後にやって来た人物には当然気が付かなかった。
「…………乃蒼?」
「え……?」
親しげに下の名前で呼ぶその声に反射的に振り向くと、そこには記憶に新しい人物が白衣姿で立っていた。
正しくは、彼は乃蒼の超タイプの美形で、一晩飲み明かしたついでに一度セックスした男、である。
「え、何で、……?」
「やっぱり乃蒼だ。 どうしたの? 具合でも悪い?」
「お兄さん、……えぇっ? お兄さん、お医者さんだったの?」
白衣を着ていると二割増しで男前度が上がっている美形男を見上げて、乃蒼は驚きの眼差しを向けた。
すると男は、白衣のポケットに手を突っ込んで苦笑する。
「まぁ、……ね。 でもまだ研修医の立場。 ここの産婦人科の夜勤から上がるとこなんだけど……どうしたの?」
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