永遠のクロッカス

須藤慎弥

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「月光! おろせよ、月光!」


 恐れていた米俵状態に、乃蒼は周囲の目など気にしていられず月光の背中をバシバシと叩いていた。
 全く立ち止まる気配のない月光が向かう場所は、一つしかない。
 それが分かっているだけに、乃蒼も早く降ろせと躍起になってバタついた。
 だがジタバタするだけで彼には何の抵抗にもなっておらず、大人一人を米俵状態で抱えているとは思えないほど涼しい顔をしている。


「乃蒼遅えよ、職場からそんな遠くないの知ってんだからな~」
「はっ!? な、何で知って……!? いや、だから降ろせってば! 落ち着いて話しよ、なっ?」
「むーりー。 俺達、友達なんでしょ~? 約束破るのはいけないことなんだぞー」
「分かった、分かったから! ごめんって!」


 月光の背中を叩き続けて降ろせアピールをしても、効果はほとんど無い。
 そもそも乃蒼は、月光がこれほど怒りを顕にしている姿を見るのが初めてだった。
 足取りや口調、抱え上げられた腰に回る掌の熱で、相当に苛立っている様子なのは顔を見なくても分かった。
 これだけ取り付く島もないのであれば、謝ることさえ難しい。


「何の “ごめん” なんだ? 俺との約束破った事~? 他の男と寝た事~?」
「どっちも!」
「許さんって」
「そんな、……えぇ……」


 月光の目的の場所であろうホテルが、すぐそこまで迫っていた。
 夜の飲み屋街は少し歩けば休憩する場所が見付かる。 この利便性を、今日ばかりは恨んだ。
 このままでは月光に押し切られて体を繋げてしまう。
 
 月光とは「友達」という境界線を守りたかった。 「どうせ無理だろ」という考えが両者の中で思いが一致していたとしても、昨日の機会が無ければ二人はまた別々の人生を歩んでいた。
 互いの残像を脳裏に残したまま、ほのかに燃えかけた炎が燻ったまま、頑なな乃蒼は二度と月光の前に現れる事はなかっただろう。

 断腸の思いで突き放した月光を、心のどこかで未だに恋しく思っていた事を昨夜はまざまざと思い知ってしまった。
 面倒だ、もう悩みたくない、後悔したくない……。
 そんな思いを盾に、「友達」を許してしまったのは乃蒼だ。


「月光……っ、マジでやめよ、なっ? こんなの俺は望んでない! 友達はこんな事しないんだ!」
「友達だけど友達じゃないもーん。 乃蒼もそうだろ~? ごめんって謝るってことは、俺に悪いことしたなーって思ってるんだよな~?」
「───ッッ」


 月光のくせに、正当に言いくるめようとしている。
 自身でも納得の出来ない心の動揺を言い当てられた乃蒼は、疲れも相まって脱力した。
 
 月光とはできない。 したくない。
 過去が蘇ってくるばかりか、二度目の後悔が少し先の方から手招きしてくるのだ。
 ただ、非力な乃蒼では月光の力には抗えない。 米俵と化しているので逃げる事も出来ない。

 乃蒼がぎゅっと目を瞑り、諦めかけたその時だった。


「───待って。 そのままホテルに入ったら、強姦されてるって警察にチクっちゃいますよ」


 だらんと脱力していた腕を掴まれて顔を上げると、昨夜酒を酌み交わした帽子の男がそこには居た。
 一度ならず二度までも窮地に現れた男は、今日も帽子を目深に被っている。


「あ~? 誰、お前」
「あれ……あなたは昨日の……」


 男は走ってここまでやって来たのか、やや息を切らしていた。
 不機嫌極まりない月光はというと、引き止められた事でさらに怒りを増長させている。 乃蒼の腰に回った掌にグッと力を込められてしまい、「痛っ」と声を上げるも無視された。
 対して男も、乃蒼の腕を掴んで離さない。
 昨日は乃蒼が落ちるまで帽子を脱がなかった男が、ゆっくりとした動作でツバを持ちそれを脱ぎ去る。 そして、この状況にそぐわない何とものんびりとした口調で、乃蒼に挨拶してきた。


「こんばんは、乃蒼。 また連れ去られそうになってるね。 見過ごせないから、拉致り返してもいいかな?」
「……だから誰~、お前。 名を名乗れ」
「………………?」


 イライラした月光が食ってかかっているが、男が晒した顔面を乃蒼はまじまじと見て首を傾げた。
 決して、決して、見惚れていたわけではない。


 ───どこかで見た事あるような……。


 突如として、記憶の片隅に置き去りにしてきた影がチラついた。
 男は見るからに優しげで、まさに美しいと形容されるタイプの、乃蒼が最もタイプとする顔面だった。
 口調も穏やかで、この妙な状況にも関わらず余裕すら感じるその表情はまじまじと見るに値する。


「俺の名前なんかどうでもいいでしょう。 乃蒼、おいで」
「行かせるわけねえだろ~? 何言ってんの~?」
「あなたこそ何を言ってるんですか? 乃蒼が嫌がっていたのが分からないんですか? 今からそこに入って行為に及んだとしても、乃蒼は泣きながら「やめて」と言うだけです。 そのセックスになんの意味が?」


 ───お兄さん、いい事言うじゃん!


 乃蒼の心境を完璧に汲んでくれている男の台詞に、ひどく感動した。
 逃げられないから、と諦めてしまいかけた乃蒼の心が再び光を取り戻す。 二度と後悔したくないのなら、素面で抱かれるなどもってのほかなのだ。


「うるせぇうるせぇうるせぇ! 俺は今めちゃくちゃ頭にきてんの~! こんなとこでお前と話してる暇なんか無え……てか、昨日乃蒼とやったのってお前だったりして~!?」
「そうですよ」
「はぁ!?」
「えぇぇぇぇぇ!?」


 聞き捨てならない即答に、乃蒼は月光と二人して声を裏返らせた。



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