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しおりを挟む───気が重い。
約束を反故にしてしまった事を怒られるだけならまだいいのだが、他の男と店を出た事実まで知られているので、きっとなんやかんやと責め立てられる。
今日の予約のお客さんも相変わらず良い人ばかりで、店員オススメの二日酔いの薬は抜群に効いたしで、月光を無理やり忘れ去っていた乃蒼はとても気分良く一日を過ごせた。
それだけに、この最後の大仕事はなかなかに気が重く、足が言う事を聞かない。
職場からゆるぎまで、徒歩で二十分ほどだろうか。
それを現在、亀の歩みで五十分はかけている。
「疲れた……。 もう帰っていいかな……」
嫌だ嫌だと思いながら鬱々と一歩を踏み出しているので、精神的疲労も相当である。
そうこうしていると、先程からポケットの中で「早く来い」の着信が鳴り止まない。
逃げられないのなら行くしかないと、頭では分かっている。
けれど乃蒼は、非常に複雑な心境を抱えているのだ。
忘れ去った青春を無理やり呼び起こされ、そうかと思えば月光に告白されて驚愕し、果ては友達でいいなどと抜かしやがった。
月光にも、そして乃蒼にも、今さら「友達」に戻るのは不可能に近い事くらい分かっていたはずだ。
頭を悩ませていたその動揺が、美味しいサングリアを進ませてしまった要因なのかもしれないけれど、本当に昨日はそれほど飲んだ意識が無かった。
説明しても分かってはもらえないだろうが、言い訳だけはたくさん考えた。
しかし、まずは謝る。
それからでないと、乃蒼もスッキリしない。
ゆるぎの看板を通り過ぎ、乃蒼は意を決して扉を開けた。
「あ、……え、うわっ!?」
月光の姿をカウンターで見付け、彼と目が合った瞬間───。
ビンちゃんとの挨拶も出来ないまま、素早く乃蒼の元へやって来た月光の肩に担ぎ上げられる。
「おい月光! おろせよ! 何でこんな……ッ!」
「ビンちゃん、だっけ? アレから飲み代引いといて~。 乃蒼の昨日の分もな~」
じゃ、とビンちゃんに右手を上げた月光は、バタつく乃蒼など気にも留めずゆるぎをあとにした。
「昨日のはもう海ちゃんが払ってあるわよ、……って、もう居ないし。 乃蒼くん大丈夫かしら……」
ビンちゃんの心配そうな呟きは、二人には届かなかった。
幾多の男同士のいざこざを直に見てきたビンちゃんさえも、カウンターで乃蒼を待っている間の月光の血走った目は恐ろしくて震え上がっていた。
とてもじゃないが話し掛けられる雰囲気ではなく、ビンちゃんは乃蒼が来るまでひたすら、「よほどお怒りなのね」と苦笑いしているしかなかった。
───昨晩の事。
月光と出て行ったはずの乃蒼が、飲み直しにやって来た。
その乃蒼が何やら初対面のように二言三言会話を交わしていたのは、帽子を目深に被ったままの海翔だ。
当たり障りのない会話をしながら、乃蒼はいつもの如く下手くそな飲み方で楽しく飲んでいた。 ……かと思うと、三杯目を空にしたところで早々に潰れてしまったのである。
こんなにもアルコールに弱いのは、無論体質なのだろう。
おまけに冒険を嫌う乃蒼は、サングリアしか受け付けないので強くなりようもない。
カウンターに突っ伏し、ビンちゃんの目前に見事な酔っ払いが完成していたが今日ばかりは海翔が居るので安心だ。
「海ちゃん、ごめんなさいね。 今日もよろしくお願いします」
「もちろん。 たっぷり可愛がるよ」
乃蒼に群がりかける男達を横目に、毎度の事ながら海翔がそんな甘い台詞を吐いて颯爽と持ち帰っていった。
乃蒼が飲み直しに来るほんの少し前、「忙しくてなかなか来れなかったけど、乃蒼はいい子にしてた?」と海翔に問われた際、ビンちゃんの血圧は一瞬にして上がった。
どうせバレる事だからと「月光」の名前を出した途端、海翔も月光を知っていたのか恐ろしいほど彼の顔面から表情が抜け落ちた。
「海ちゃん、どうしたのよ。 そんな怖い顔してたらイケメンが台無しよ」
焦ったビンちゃんが海翔の「いつもの」であるマティーニを出すと、それを一気に飲み干した海翔は思わず溜め息が漏れるほどの微笑みを浮かべた。
「……ふふ、そうか。 のんびりしてられなくなっちゃったな」
そう言って極上の笑顔を見せたちょうどその時、優しげなうさぎの仮面を被った狼に捕らわれに、乃蒼は戻ってきたのだった。
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