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しおりを挟むここ数日、仕事とストーカー月光に追われてそれどころではなかった。
これまでは酔い潰れた翌日にはきちんと支払いに行っていた乃蒼も、店に赴くことができない事情が出来てしまった。
見慣れた通りを歩いている道中も、足が重い。
怪しげな濃い紫色した「ノーマルお断り」などと書かれた看板の前で立ち尽くして数分、酔いたい気持ちが勝った乃蒼がようやっと扉を開ける。
「あら、乃蒼くん! またご無沙汰だったわね~!」
来店した乃蒼を見付けたビンちゃんが、嬉しそうに目の前にやって来た。
いつもの席に腰掛けたと同時に、ビンちゃんはサングリアを作り始める。
「ごめん、こないだの代金払いに来たよ。 ついでにいつものちょーだい」
「サングリアね、……はいどうぞ。 あ、代金は貰ってるから大丈夫よ」
「あれ、俺払った? 全然記憶なくてさぁ……」
苦笑いを浮かべながらサングリアを受け取り、未だ飲み方を知らない乃蒼は半分近くまでクイッと飲んだ。
ちなみに仕事終わりでここへ来たため空きっ腹に流し込んだ事になる。
「違うわよ、月光が払ったの」
「…………ぶっっ!」
空っぽの胃袋にじんわりと染み渡るアルコールの感覚。
鼻から抜ける風味といい、サングリアはやっぱり美味しいな~と感動しつつふた口目に口を付けたところだった。
ビンちゃんから思わぬ人物の名前が出て、含んですぐだったサングリアを吹き出す。
「あらあら、もう。 ほら、ダスターとティッシュ」
「ご、ごめんっ」
受け取ったダスターでまずはテーブルを拭き、サングリアまみれになった顔をティッシュで拭った。
服にも僅かに付いてしまったが、そんな事はどうでもいい。
「なんで月光の名前が出るんだよ」
「私が乃蒼くんのスマホから月光に電話して、迎えに来てもらったのよ。 あなた達あの日楽しんだらしいじゃない?」
「はっ? ………ちょ、待っ……」
今頃、無理に忘れようとしていた謎が解けた。
あの日の通話履歴。 あれは乃蒼ではなくビンちゃんだったのだ。
しかもビンちゃんが月光に発信し、誕生祭当日だったにも関わらず月光が乃蒼を迎えに来た……というのが真実らしい。
そこまで知ってしまうと、当然あの晩の相手も自ずと判明する。
愕然とした乃蒼は、ビンちゃんから二杯目のサングリアを渡されたのだが受け取ることが出来なかった。
「それでねぇ、あの日から毎日、月光が一時間店を抜けて来てくれてるのよ~。 月光目的の客のおかげで、この通り満員御礼♡ あら、そろそろ来る時間だわ」
「え、来る時間だわ、って、……えぇぇぇ!? お、俺帰る!」
全然事態が呑み込めなかったが、来る時間だわ、と言うのだから月光が来るのだろう。
そんな重大事項は店の前に張り紙でもして事前に教えておいてほしかった。
今日ばかりは長居出来ない。 いや、よく分からないが月光がこの店の常連になったのであれば、乃蒼はしばらくどころか店に立ち寄ることが出来ない。
乃蒼は慌ててカウンターの席から飛び降り、喋りかけてくる客を掻き分けながら小走りで出入り口へ向かった時、向こうから扉が開いた。
目の前にダークスーツが現れた瞬間、乃蒼は見上げる事なくそれが月光だと悟った。
───会いたくない。 会いたくない。 会いたくない。 会いたくない。
その一心で、「俺は乃蒼じゃないです」な顔をして下を向いたままさり気なく脇をすり抜けようとした。
浅はかにも、逃げられるかもと思ってしまったのだ。
丸ごと掻っ攫われた青春の後悔を引き摺る、昔から香水のキツいこの男から……。
「見ーつけた~」
「…………ッッッ」
彼は昔のまま掴み所のない話し方だった。
懐かしむ前に、背筋が震えた。
専門学校時代はとにかく月光とは関わらないように、声すらも聞かないよう目に見えないバリケードを張って、新しく出来た友人と常に一緒に行動していた。
話し掛けられたら、無視できる自信がなかったからだ。
「乃蒼、ひどくない? 番号変えただろ~」
月光が屈んで、深く俯く乃蒼の顔を覗き込む。
気安く話しかけるな。 昔のように仲が良いような空気を出すな。
頭の中が大パニック中の乃蒼に出来る事と言えば、月光を無視してビンちゃんを振り返る事のみだ。
「ビンちゃん、ま、また今度金払いに来るから!」
そう言い残して一目散に立ち去ろうとしたのだが、強い力で腰を抱かれて一歩も踏み出せない。
迷惑にも、月光と乃蒼は店の出入り口を塞ぎ、楽しげでも何でもない雰囲気を醸し出す。
しかし空気の読めない月光は、乃蒼の耳元でド直球な事を囁いてきた。
「乃蒼、やろ」
「……ッッ!? やらないっ」
何を言ってんだ!と小声で言いながら、中の客達から注目を浴びていた居心地の悪さで、腰を抱かれたままひとまず店の外に出た。
薄暗い路地には水商売のお兄さんお姉さんが行き交っていて、乃蒼と月光もそれらにうまく紛れている。
「こないだしたし、いいじゃん~。 一回も二回も変わんないって~」
「変わる! 俺そのことは全然覚えてないから一回もしてないって事だ! じゃっ」
「せっかく会えたのに、じゃっ、は無理だね~。 乃蒼いま付き合ってる奴いないんだろ? 俺と付き合おうよ~って、俺はあの日からも別れたつもりはないけど~」
「なっ……お前……っ」
あの日、と言われると体が勝手に反応してしまう。
痛い思い出を突いてくる月光だが、恐らく何も考えてない。
そう、あの日と言わずずっとずっと前から、月光は考え無しなのだ。
二人とも高校のブレザーを着て、誰も居ない教室を探してセックスして、何事も無いような顔で二人で食堂で笑い合った、お互いまだまだ初々しかったあの頃……。
月光との関係を続けても一切先が見えなくて。
本当はもっと大切にしてほしくて。
あの日の前日に抱いてくれたイケメンの様に、恥ずかしくも嬉しくなるような台詞を他でもない月光にたくさん言ってほしかった。
彼に付き合っている自覚があったなら、だ。
「俺は月光と付き合ってた事なんかない。 これからもそのつもりはない」
「なーんで。 俺が女抱くから~? まだ拗ねてんの?」
「違う!!」
「……え、即答じゃん。 図星?」
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