永遠のクロッカス

須藤慎弥

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「そうなの……。 いきなり電話しちゃってごめんなさいね。 あなた達、どういう知り合いなの? 乃蒼くんから聞いた事無かったから……」


 乃蒼の隣にピタリとくっついて腰掛ける月光が、問うているビンちゃんではなく空グラスを握って離さない乃蒼しか見ていない事で、ただならぬ関係なのは予想できた。
 誕生祭でありとあらゆる女性を接客したからであろう。
 カウンター越しにも、月光からは様々なブランドの香水の匂いがしている。


「ん~……ダチ?知り合い?ってそんな生温いもんでもないし~。 元カレ?っつーのかなぁ」


 何気なく驚くべき発言をした月光は、空グラスを無理やり乃蒼の手から剥がすと、「乃蒼のツケにするから一番安いのでいい、白ワインこれに入れて」と催促してきた。
 一方のビンちゃんはそれどころではない。


「元カレ!? あなた、の、乃蒼くんの元カレなの!?」


 とんでもない情報が入ってきて動揺したビンちゃんは、少しワインを溢した。
 ママらしからぬ失態に苦笑しつつも、想像の斜め上をいく事実を知ってしまった事で好奇心がむくむくと頭をもたげた。


「元カレってのが正しいんかは分かんね。 俺は別れたつもりはないからさ~。 でも急にやらせてくんなくなったから、乃蒼は別れたと思ってんじゃないの~?」
「やらせてくれなくなったって……。 いつの話?」
「高校だよ~ん。 乃蒼のお初は全部もらってる。 キス以外はね~」


 ビンちゃんの好奇心がさらに増した。
 二人は高校時代付き合っていた。 しかし突然月光を突き放したという事は、乃蒼に何かしらの気持ちの変化があったに違いない。
 これだけ雄のオーラを放つ月光は、学生時代もそう大差なかったように思う。
 乃蒼も相当に、色々悩んだ末の決断だったのではないだろうか。


「そうなの……それで今日おかしかったのね、乃蒼くん……」
「おかしいって?」
「月光の誕生祭でお客持ってかれて、店内静かだわぁって話してたらサングリアをグイグイよ。 いつも二~三杯飲んだら帰るのに、今日は倍は飲んでるわね」
「サングリア? んな可愛いもん飲んでんの~?」


 なるほど、酒の好みも知らないという事は、本当に高校で月光を突き放して以来二人は会っていなさそうだ。
 乃蒼の口から月光の名前が出たことも無かっただけに、深い深い事情があるというのは本当だろう。
 下戸の乃蒼が、これほどまでに深酒するほどの思いが。


「お酒弱いから冒険はしないって言ってたわよ。 他にも度数低くて美味しいカクテルたくさんあるわよって言っても、サングリアばっかりなの」
「ふーん。 ま、いいや。 とりあえずこれ持って帰ったらいんだろ~?」
「…………お願いね」


 このまま月光に持ち帰らせて大丈夫かと不安に思ったが、そのためにわざわざ主役である月光は抜けて来たのだから、ビンちゃんも今さら後には引けなかった。
 それくらいには、乃蒼を思ってくれていると信じて……。


「うわ、顔全然変わんね~おもしれー」


 ビンちゃんの不安をよそに、席を立った月光は白ワインを水か何かのように一気に飲み干す。
 軽々と乃蒼を抱き抱えてその寝顔を見た瞬間、何が楽しいのかひとしきりゲラゲラ笑うと、そのままヒョイと肩に担いだ月光は出て行こうとした。
 ……が、立ち止まってふと振り返ってくる。


「そうだ、乃蒼のツケっていくらかあんの?」
「そんなものないわよ。 今日のサングリアと、あなたのワイン代だけよ」
「あーそっ。 後で支払い来させっから~。 じゃな~」


 それだけ言い残し、月光は満面の笑みを浮かべて嵐のように去って行った。
 その一時間ほど後、ビンちゃんが店じまいをしている最中にホストクラブの若い衆が二人がかりで十万円を持ってきた。


「月光さんからの伝言です! 乃蒼さんという方の向こう三ヶ月分くらいを前倒しで払うから、それで引いてくれとの事です!」
「え、あ、あぁ……分かったわ。 ありがとう」


 昔の成金のような月光の行動に、面食らった。
 乃蒼の飲み代にポンと十万もの大金を出すとは、やはり相当深い関係だったんだわ……と、ビンちゃんの知りたがり気質に火を付けてしまう。
 面と向かうとあの横柄な物言いも可愛く聞こえて憎めず、何より外見が素晴らしく良かった。
 肩まで伸ばした髪をあちこちに遊ばせたオレンジベージュの髪色と、野性的かつ繊細な造作の顔のパーツは寸分の狂い無く配置されていた。
 背も高く足が長いのでスーツがどんぴしゃで似合っていたから、ホストという職は恐らく彼の天職ではないだろうか。
 あの抜けたような喋り方さえ何とかすれば、その姿だけでどこの会社でもやっていけそうなほど、稀に見る上質な男だ。

 月光、というキラキラネームに全然負けていない。




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