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しおりを挟む「お兄さん、初めて? ……じゃないよね、お兄さん綺麗だもんね」
ホテルまでの道中はほとんど会話を交わさなかった。
休憩で入室した初めてのラブホテルに緊張していた乃蒼は、部屋の灯りを落としながらそう問われてビクつく。
入室直後に別々でシャワーを浴びたのだが、イケメンを待つ間それはもう頭の中ではうるさく警鐘が鳴っていた。
けれど、帰ろうとは思わなかった。
ただただ、月光との関係を終わらせたい乃蒼が新しい扉を開こうとする、不安と期待の間で揺れていたのである。
「初めてじゃないけど……まぁいいじゃん。 全然知らない人とするのは初めてだから、ちょっとドキドキします」
「そうなんだ。 ……可愛いね」
「………………」
可愛い、など、言われた事が無い。
あっという間に照れた乃蒼は、みるみるうちに顔が熱くなっていく。
顔を背け、分かりやすく照れている乃蒼を見て優しく微笑むその男が、イケメンという言葉では片付けられないほどとても美しく見えた。
すぐに行為に及ぼうとする月光とは、こういう他愛もない話をセックスの直前には絶対にしない。
新鮮だった。
月光ではない男の裸を、直視出来なかった。
「名前、聞いてもいい? 本名じゃなくてもいいから」
「…………のあ」
「のあ? 女みたいな名前だ」
「本名なんだけど」
「あ、ごめん。 俺は海翔《かいと》。 海に翔るで、海翔。 お兄さん本名教えてくれたから、俺も本名ね」
「いい名前。 俺のキラキラネームが霞むくらい」
「キラキラネーム……? あぁ、確かにそうだ。 ノアはキラキラネームだね」
乃蒼が夢に描いていた、初体験はこんな人がいいなぁという見本が目の前にいる。
野性的とはかけ離れた、綺麗で柔和なイケメン。
一夜限りとはいえ、ラッキーだと思った。
乱暴を働かれたらどうしよう?
金銭目的であったら?
いやらしい動画の撮影でもされたら?
ネガティブな事を考えないわけではなかった。 現に乃蒼は、男から手を引かれるまで相当に躊躇していた。
別の男とのセックスに興味はある。 月光との関係が苦しくなり始めている。 悩むには充分過ぎる材料で、乃蒼の心はここへの道中でさえも迷いに迷っていた。
だが、このイケメンはセックスも最高にうまかった。
甘やかな台詞で乃蒼を終始照れさせ、巧みな腰使いと愛撫には翻弄されまくり、海翔と名乗った男に押し倒されてものの数分で、その手腕に堕ちた。
キスはしてOK?とわざわざ聞いてくる紳士的な所にもグッときた。
キスは初めてだった。
月光とは親友だという線引きもあって拒み続けているので、この海翔とのキスが乃蒼にとってのファーストキスだ。
時間をかけてたっぷりと全身に口付け、額に汗を光らせた麗しい海翔は、三回目の欲望を吐き出したところで愛しげに乃蒼の頬を撫でて離れていった。
「乃蒼の今までの男達が憎らしいくらい、最高に可愛かったよ」
こんな気障な台詞にも、いちいちドキドキしてしまう。
大きな掌にうっとりと目蓋を閉じると、鳴り止んでいた警鐘でたちまち脳内が賑わった。
そうだった。
海翔は、乃蒼にとって一夜限りの相手だった。
彼もきっと、そのつもりで乃蒼を誘った。
はっと我に返った乃蒼は、海翔が横になった瞬間すぐにベッドを降り、バスルームに駆け込んでシャワーを浴びた。
慣れた手付きで後始末をしようと後孔に指を忍ばせるも、精液らしきものは一切かき出せない。
何故だろうと疑問を抱き、すぐに朧げな記憶を呼び起こす。
海翔はなんと、射精の度にコンドームを変えてくれていたのである。
……衝撃だった。
月光は毎回、乃蒼は妊娠の心配がないからと言って中で気持ち良さそうに果てる。
男同士のセックスはそういうものなのだろうと、乃蒼はあらぬ方へ洗脳されていたらしいが言うまでもなく海翔は月光とは違った。
手早く身支度を整えた乃蒼は、海翔と共に余韻を楽しむ暇もなくせかせかと動き、財布からホテル代の全額を抜いてそっとテーブルに置いた。
そんな乃蒼を、海翔がもの言いたげに見詰めてきているのは分かっていた。
あんなにも美しい男と経験出来て、本当にラッキーだった。
あまり好まない夜の闇での出会いはちょっと怖かったけれど、海翔の風貌を見れば悪い事をするような怖い人には見えず、文字通り興味と期待が勝ってしまった。
まるで愛されているかのような錯覚を覚えるほどに優しく、そして激しく抱かれて夢見心地である。
一晩だけの相手にも関わらず、海翔は惜しげもなく「のあ可愛い」と言ってくれた。
セックスとは、本当は幸せな気分にさせてくれるものなのだと、深夜前に帰宅した乃蒼は自室で大きな幸福感を味わっていた。
今さら余韻に浸るとはどこの初な女かと自身に突っ込みを入れたが、それすらも照れてしまう。
蕩けるように情熱的なキスで、未だに唇が火照っている気さえした。
初体験を夢に描いた相手との、めくるめく大人の火遊びに乃蒼の心は知らず踊ってしまい、その日はなかなか寝付けなかった。
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