永遠のクロッカス

須藤慎弥

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…  …  …


 卒業式を目前に控えた休日、乃蒼は自宅から少々離れた総合病院にやって来ていた。
 家族が忙しいらしく、かと言って両親も多忙のため、進路が決まってあとは卒業を待つばかりとなった乃蒼が母親の妹……つまり叔母のお見舞いに行く事になったのだ。
 しかし、お喋り好きな叔母の話題は近頃のワイドショーを賑わす芸能人のスキャンダルから、夫や姑の愚痴まで多岐に渡っていた。
 元々が無駄口を叩かないタイプの乃蒼は完全に聞き役に徹する事になり、昼過ぎから見舞い時間終了まで叔母の相手をして気疲れしてしまい、何度も溜め息を吐きながら暗い夜道をトボトボと歩いていた。


「まだ夜は寒いな……」


 長時間病院にいた閉塞感と疲労から、目前の公園のベンチに腰掛けて少し休憩しようと歩を早める。
 厚めのジャケットを羽織っているが、頬にあたる二月下旬の風がひどく冷たく感じ、肩を竦めて自身を抱き締めた。
 夜風にあたっていると体が冷えてしょうがないが、木々の豊かな森林公園は空気がとても気持ち良くて解放感がある。
 閉鎖的な病室で、うんうん、と黙って話を聞くだけで何時間も費やした虚無感が、まさに洗われるようであった。


「いい匂い……」


 瞳を閉じて、マイナスイオンを目一杯体の中に取り込む。
 久しぶりにこのような遅い時間に出歩いた。 生真面目というわけでは無いけれど、夜の街には特に何も用が無い。
 ギラついた街には何となく女性連れの月光がどこに行っても居そうで、その光景を目撃したくないから、というのが十二分にあったりもした。

 ずるずると続けてしまっている月光との関係は、いよいよ潮時だ。
 行為に慣れ、後始末に慣れ、月光が彼女を連れて歩く様も見慣れ、……その反対に月光への独占欲は確実に二年前より大きくなっている。
 彼が誰を連れていようがそれが月光なのだから。 そう思い込もうとしても、行為のあとにキスを迫られ始めたこの半年ほどは、親友という括りが物足りないと感じ始めていた。
 月光を手に出来たとしても、乃蒼では手に負えないと分かっているのに。
 浮気性が治らない月光へ、何度も呆れ返って「バカ」と笑ってやっているほどなのに。

 あと半月ほどで高校を卒業する。
 夜風にあたり、緑の香りを嗅ぎながら、どのタイミングでそれを切り出せば穏便に説得出来るかを真剣に考えていた。
 その時である。


「お兄さん、人待ち中?」
「………………?」


 知らない者から声を掛けられた。
 ゆっくり瞳を開くと、いかにも優しそうなイケメンが目の前に立っていた。


「待ってないですけど」
「あ、そうなんだ。 じゃあ、彼氏と待ち合わせとか?」
「いや……違います」


 乃蒼は、イケメンに向かって首を傾げた。
 ……何故、乃蒼の相手を「彼女」ではなく「彼氏」と言い切ったのだろう。
 イケメンは目の保養になるが、訳の分からない事を言われた乃蒼の顔は引きつっていた。


「んーと……知らないでここにいるのかな?」
「何がですか?」
「ここ……そういう場だから。 お兄さんも人待ちしてるのかと思った」


 イケメンはとても爽やかに乃蒼に笑いかけてくるけれど、言っている事がさっぱり分からない。
 どういう場?と再度首を傾げた乃蒼に、イケメンがさらに近寄る。
 冷たい夜風でイケメンの髪がなびき、彼の両眼が顕になると、その瞬間乃蒼の心臓がドキッと跳ねた。
 清潔な柔軟剤の香りを纏った彼はやや屈んで、乃蒼の耳元で何事かを囁く。
 その言葉で、乃蒼はようやく「あぁ」と納得した。
 乃蒼がのんきに夜風にあたって黄昏れていたそこは、いわゆるハッテン場と呼ばれる場所だったのだ。


「知らなかった……。 教えてくれて、ありがとうございます。 それじゃ……」
「あ! あの……! もし、もし、同じ人なら、今から……どうかな? 違ったらごめん」
「………………」


 さすがに、この場所についてを教えてくれたイケメンからそういう言葉が出れば、 “同じ人” が意味するものは分かる。
 まさかこのイケメンが乃蒼と同類とは思わなかった。
 今からどうかと問われても、乃蒼は月光しか知らない。
 言い方は悪いが、いくら押し切られたとはいえ初体験を手近な男で済ませてしまい、その行為に溺れていてそれ以外を考えようともしなかった。
 乃蒼は失礼を承知で、もう一度じっくりと目の前の男を観察した。
 真っ直ぐに乃蒼を見詰めてくる彼の容姿は、非の打ちどころがない。
 長身の彼ゆえ、何の変哲もない薄手のロングコートを羽織ったシンプルな出で立ちでも、ひとたび街を歩けば注目の的であろう事が窺える。
 優しそうで、穏やかそうで、語り口もゆっくりで、背が高いけれど全く男臭くない。
 目の前のイケメンは、全体的に、絶対的に、乃蒼のタイプだった。
 
 タイプではない月光とでもあんなに気持ちいいのだから、乃蒼のドストライクな男とのセックスは一体どんなものなんだろうと、異常に興味をそそられた。
 だが果たしてついて行っていいものか。


 ……どうしよう。 行ってみたいけど……こわいな。


 初対面の男に誘われるという経験そのものが初めてな乃蒼は、しばらく沈黙してぐるぐると迷っていた。
 しかし業を煮やすようにふと手を取られ、立ち上がらされた。


「お兄さんの事狙ってる人多かったから、一番に声掛けないとって思ったんだ。 ダメかな?」


 小首を傾げ、あくまでも控えめにそんな風にお窺いを立てられては、乃蒼の返事は一つしかなかった。




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