世界は残り、三秒半

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
11 / 13
世界は残り、三秒半

第十一話

しおりを挟む



 写真よりも右に針の進んだ、宙に浮いた終末時計が目前に迫った。
 その針は、今も少しずつてっぺんに向かって動いているという。

 ──本当にあったんだ。
 
 明らかにヒトの創造物ではない代物に目を奪われて、瞬きを忘れた俺は遠くのそれに見入っていた。

「あ、あれが……終末時計……」
「そうだ。目を疑うだろ? しかもあの周囲だけ無重力なんだ」
「……なんでそんな事が分かるんだよ。え、ちょっ……リアム?」

 問いを無視したリアムがおもむろにシートベルトを外し、席を立つ。
 俺の声は、数十センチ離れてしまうともう轟音にかき消される。
 背中を丸めて後ろの僅かなスペースに移動したリアムを目で追うと、彼は何やら謎の球体を触り始めた。
 一番デカいバランスボールよりもさらに一回りほど大きなそれは、金属製なのかプラスチック製なのか、この距離でも判断がつかない。
 こんなのはじめから乗ってたっけ?

「リアム! それ何!?」
「…………」

 大声でリアムに問うと、振り返って笑顔を見せはしたものの返答は無かった。
 秘密主義もほどほどにしてくれないと、覚悟を決めさせられた俺は心細くてしょうがない。


 ピーピーピーピー……──。


 刹那、リアムの座席に置かれたハイテク機器がヤバそうな音を轟かせる。
 この轟音の中でも響く、耳をつんざくような警告音にリアムの表情が強張った。

『──グレッグ、私が降りたら速やかにここを離れて例のシェルターへ急げ。いいな』
『……はい』

 リアムは背中を丸めたままグレッグのもとへ移動し、口早に何かを告げて俺のシートベルトを外しに戻ってきた。
 座席で鳴り続ける、耳鳴りにも似た音がやかましい。
 そんななか立ち上がるよう促され、耳を塞いでたせいか揺れ動く機体で体がよろめいた。
 その拍子に、俺の体を支えてくれるリアムにちょっとだけオーバーに寄りかかってみる。

「ユーリ、この中に入るんだ」
「え!? や、やだよ」

 すごく勇気を出して甘えてみたのに、無表情のリアムは謎の球体の扉を開けてその中に俺の体を押し込んだ。
 ごろん、と尻もちをついた俺は、何がなんだか分からない。
 終末時計を目前にして、何のお遊びのつもりなんだと球体から出ようとしても、リアムから肩を押し戻されてまた尻もちをつく。

「リアム! どういう事なんだよ!」
「終末時計の針を人為的に操作する。私は魔法が使えるわけでも、指導者等に働きかけるほどの権勢も無い青二才だからな。発見者として神に立ち向かうだけだ」
「リアムがあれの発見者なのか!?」

 瞬間的に、少々頭の出来が悪い俺でもリアムの背景が想像出来た。
  “どこかのお金持ちが文明の利器を使って……”。 
 あれはリアムの事だったんだ。

 一旦自動操縦に切り替えたグレッグが身に付け始めた真っ白な防護服といい、俺が押し込まれたこの球体といい、終焉にはさせないという善良で優秀なアルファ様の意志に恐怖を覚えた。

「同性どもの悪行は同性がかたを付けないとな。神の創造物だとするならば、針を戻す事でこの世がどうなるのか……見ものだろ?」
「リアムがそんな危険な事しなくていいじゃん! 同性だからってリアムが矢面に立つ事ない! 俺は……っ、俺は、最期くらいリアムと居たいよ!」
「私は最期にしたくない。だがどうなるか本当に分からない。私は……ユーリの命を守りたいんだ」
「嫌だ、嫌! リアムがどうなるか分からないのに、俺だけ助かるなん、て……っ」

 涙で歪んだリアムの姿が迫ってきて、ぶつかるようにして唇が重なる。
 それは一瞬の出来事で、三度目のキスの余韻も感じさせてもらえないまま、無情にも球体の扉は閉められた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

暑がりになったのはお前のせいかっ

わさび
BL
ただのβである僕は最近身体の調子が悪い なんでだろう? そんな僕の隣には今日も光り輝くαの幼馴染、空がいた

続きは第一図書室で

蒼キるり
BL
高校生になったばかりの佐武直斗は図書室で出会った同級生の東原浩也とひょんなことからキスの練習をする仲になる。 友人と恋の狭間で揺れる青春ラブストーリー。

別れようと彼氏に言ったら泣いて懇願された挙げ句めっちゃ尽くされた

翡翠飾
BL
「い、いやだ、いや……。捨てないでっ、お願いぃ……。な、何でも!何でもするっ!金なら出すしっ、えっと、あ、ぱ、パシリになるから!」 そう言って涙を流しながら足元にすがり付くαである彼氏、霜月慧弥。ノリで告白されノリで了承したこの付き合いに、βである榊原伊織は頃合いかと別れを切り出したが、慧弥は何故か未練があるらしい。 チャライケメンα(尽くし体質)×物静かβ(尽くされ体質)の話。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

僕の番

結城れい
BL
白石湊(しらいし みなと)は、大学生のΩだ。αの番がいて同棲までしている。最近湊は、番である森颯真(もり そうま)の衣服を集めることがやめられない。気づかれないように少しずつ集めていくが―― ※他サイトにも掲載

エンシェントリリー

斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

【完結】何一つ僕のお願いを聞いてくれない彼に、別れてほしいとお願いした結果。

N2O
BL
好きすぎて一部倫理観に反することをしたα × 好きすぎて馬鹿なことしちゃったΩ ※オメガバース設定をお借りしています。 ※素人作品です。温かな目でご覧ください。 表紙絵 ⇨ 深浦裕 様 X(@yumiura221018)

めちゃめちゃ気まずすぎる展開から始まるオメガバースの話

雷尾
BL
Ωと運命の番とやらを、心の底から憎むΩとその周辺の話。 不条理ギャグとホラーが少しだけ掛け合わさったような内容です。 箸休めにざざっと書いた話なので、いつも以上に強引な展開かもしれません。

処理中です...