世界は残り、三秒半

須藤慎弥

文字の大きさ
上 下
8 / 13
世界は残り、三秒半

第八話

しおりを挟む



「ユーリ、そんなに悲しそうな顔をするな。迎えが遅れた事は本当に申し訳なかったと思ってる」

 水の入ったペットボトルを寄越してくれながら、リアムが表情を曇らせた。
 俺は、両親の事を思い出して少しだけしょんぼりしてただけだ。

 あそこから救い出してくれたのが、見た目は丸っきり変わってるけどあのリアムだった。
 それだけで俺は嬉しくてたまんないのに、まともにお礼も言えてないのはちゃんと空気を読んでるからだ。

「この痕、痛々しいな」

 俺達のために用意されたのが丸分かりな、深緑色の小さなテントの中で寄り添うようにして腰掛けていると、ふとリアムから掌を取られた。
 あんまり見られたくなくて、おまけに轟音のない無音状態でリアムの声を至近距離で聞くのは、心臓に悪い。
 俺は急いで腕を引いてヘラっと笑い誤魔化した。

「あ、いや……見た目ほど痛くないから平気」
「きちんと食事は摂っていたのか?」
「パンばっかりだったけど、食べてたよ」
「……そうか。これは非常食なんだが、食べられそうだったら口にしておけ」
「うん。ありがとう」

 さっきから悲しそうな顔をしてるのはリアムの方だ。
 オメガである俺は、虐げられる事に慣れなさいという教育を受けてきた。
 だから納得はいかなかったけど、順応した。
 あそこに囚われてた他のオメガ性の人達も、その教育の賜でどこかで「仕方ない」と諦めがついてたはずだ。

 このテントの外は、まるで映画のセットみたいに荒れ果てて朽ちかけてる。
 非情な選別と争いのせいでヒトも動物も緑も無くなり、時が止まってるような国は恐らく此処だけじゃない。
 俺が飲んでるこの水だって、食料だって、リアムが用意してくれなかったら以前のように簡単には手に入らないって事だ。

「……ユーリ?」
「俺が捕まってたの、たった一年だよ。一年でこんな……」
「日にちの感覚はあるのか」
「ううん、時計もカレンダーも無かったから確かじゃない。でも、毎日見張りの人が「朝ごはん」って言ったら壁に傷付けて刻んでたんだ。それが昨日でちょうど三百六十五本だった」

 絶句したリアムが手渡してくれた非常食も、かたいパンだ。
 それをモソモソと咀嚼して、あれはいい暇潰しだったなぁと振り返る。
 俺の順応力は初日から発揮されていた。
 まったく苦じゃなかったとは流石に思えないけど、リアムが「可哀想に!」と声を荒げて抱き締めてくるほどの事でもない。
 力強いその腕に、また心臓が跳ねた。

「なんて可哀想なんだ。ユーリ、本当にすまなかった」
「え、なになに? リアムは何も悪い事してないだろ? 謝るのは悪い事した時だけなんだぞ」
「……あぁ、だから謝ってる」
「俺は悪い事されたと思ってないから、受け取りませーん」


『大人になったら迎えに来て』


 この約束を守ってくれたリアムに、謝罪の言葉なんて貰っても嬉しくない。
 いかにも申し訳無さそうな、こんな顔が見たくて思い出を大切にしてたわけじゃない。

「本当に変わらないな、ユーリ」
「リアムはすごく変わったね。ビックリするくらい、いい男に成長した」
「それを言うならユーリもだろ。本当に……綺麗になった」
「え……」

 ……やばい。心臓、止まったかも。

 エメラルドグリーンの瞳に熱心に見詰められた俺は、宝石みたいなその美しさにたちまち魅了され、吸い寄せられるように顔を寄せて行く。
 鼓動がうるさい。ドキドキも全然、鎮まってくれない。

 唇が触れる瞬間……俺の呼吸は止まっていた。
 だって、俺とリアムはこれが二度目のキスだ。
 八年ぶりの感触なんだ。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

モテる兄貴を持つと……(三人称改訂版)

夏目碧央
BL
 兄、海斗(かいと)と同じ高校に入学した城崎岳斗(きのさきやまと)は、兄がモテるがゆえに様々な苦難に遭う。だが、カッコよくて優しい兄を実は自慢に思っている。兄は弟が大好きで、少々過保護気味。  ある日、岳斗は両親の血液型と自分の血液型がおかしい事に気づく。海斗は「覚えてないのか?」と驚いた様子。岳斗は何を忘れているのか?一体どんな秘密が?

【完結】遍く、歪んだ花たちに。

古都まとい
BL
職場の部下 和泉周(いずみしゅう)は、はっきり言って根暗でオタクっぽい。目にかかる長い前髪に、覇気のない視線を隠す黒縁眼鏡。仕事ぶりは可もなく不可もなく。そう、凡人の中の凡人である。 和泉の直属の上司である村谷(むらや)はある日、ひょんなことから繁華街のホストクラブへと連れて行かれてしまう。そこで出会ったNo.1ホスト天音(あまね)には、どこか和泉の面影があって――。 「先輩、僕のこと何も知っちゃいないくせに」 No.1ホスト部下×堅物上司の現代BL。

毒/同級生×同級生/オメガバース(α×β)

ハタセ
BL
βに強い執着を向けるαと、そんなαから「俺はお前の運命にはなれない」と言って逃げようとするβのオメガバースのお話です。

こじらせΩのふつうの婚活

深山恐竜
BL
宮間裕貴はΩとして生まれたが、Ωとしての生き方を受け入れられずにいた。 彼はヒートがないのをいいことに、ふつうのβと同じように大学へ行き、就職もした。 しかし、ある日ヒートがやってきてしまい、ふつうの生活がままならなくなってしまう。 裕貴は平穏な生活を取り戻すために婚活を始めるのだが、こじらせてる彼はなかなかうまくいかなくて…。

いっぱい命じて〜無自覚SubはヤンキーDomに甘えたい〜

きよひ
BL
無愛想な高一Domヤンキー×Subの自覚がない高三サッカー部員 Normalの諏訪大輝は近頃、謎の体調不良に悩まされていた。 そんな折に出会った金髪の一年生、甘井呂翔。 初めて会った瞬間から甘井呂に惹かれるものがあった諏訪は、Domである彼がPlayする様子を覗き見てしまう。 甘井呂に優しく支配されるSubに自分を重ねて胸を熱くしたことに戸惑う諏訪だが……。 第二性に振り回されながらも、互いだけを求め合うようになる青春の物語。 ※現代ベースのDom/Subユニバースの世界観(独自解釈・オリジナル要素あり) ※不良の喧嘩描写、イジメ描写有り 初日は5話更新、翌日からは2話ずつ更新の予定です。

【完結】運命さんこんにちは、さようなら

ハリネズミ
BL
Ωである神楽 咲(かぐら さき)は『運命』と出会ったが、知らない間に番になっていたのは別の人物、影山 燐(かげやま りん)だった。 とある誤解から思うように優しくできない燐と、番=家族だと考え、家族が欲しかったことから簡単に受け入れてしまったマイペースな咲とのちぐはぐでピュアなラブストーリー。 ========== 完結しました。ありがとうございました。

どこかがふつうと違うベータだった僕の話

mie
BL
ふつうのベータと思ってのは自分だけで、そうではなかったらしい。ベータだけど、溺愛される話 作品自体は完結しています。 番外編を思い付いたら書くスタイルなので、不定期更新になります。 ここから先に妊娠表現が出てくるので、タグ付けを追加しました。苦手な方はご注意下さい。 初のBLでオメガバースを書きます。温かい目で読んで下さい

魔力ゼロの無能オメガのはずが嫁ぎ先の氷狼騎士団長に執着溺愛されて逃げられません!

松原硝子
BL
これは魔法とバース性のある異世界でのおはなし――。 15歳の魔力&バース判定で、神官から「魔力のほとんどないオメガ」と言い渡されたエリス・ラムズデール。 その途端、それまで可愛がってくれた両親や兄弟から「無能」「家の恥」と罵られて使用人のように扱われ、虐げられる生活を送ることに。 そんな中、エリスが21歳を迎える年に隣国の軍事大国ベリンガム帝国のヴァンダービルト公爵家の令息とアイルズベリー王国のラムズデール家の婚姻の話が持ち上がる。 だがヴァンダービルト公爵家の令息レヴィはベリンガム帝国の軍事のトップにしてその冷酷さと恐ろしいほどの頭脳から常勝の氷の狼と恐れられる騎士団長。しかもレヴィは戦場や公的な場でも常に顔をマスクで覆っているため、「傷で顔が崩れている」「二目と見ることができないほど醜い」という恐ろしい噂の持ち主だった。 そんな恐ろしい相手に子どもを嫁がせるわけにはいかない。ラムズデール公爵夫妻は無能のオメガであるエリスを差し出すことに決める。 「自分の使い道があるなら嬉しい」と考え、婚姻を大人しく受け入れたエリスだが、ベリンガム帝国へ嫁ぐ1週間前に階段から転げ落ち、前世――23年前に大陸の大戦で命を落とした帝国の第五王子、アラン・ベリンガムとしての記憶――を取り戻す。 前世では戦いに明け暮れ、今世では虐げられて生きてきたエリスは前世の祖国で平和でのんびりした幸せな人生を手に入れることを目標にする。 だが結婚相手のレヴィには驚きの秘密があった――!? 「きみとの結婚は数年で解消する。俺には心に決めた人がいるから」 初めて顔を合わせた日にレヴィにそう言い渡されたエリスは彼の「心に決めた人」を知り、自分の正体を知られてはいけないと誓うのだが……!? 銀髪×碧眼(33歳)の超絶美形の執着騎士団長に気が強いけど鈍感なピンク髪×蜂蜜色の目(20歳)が執着されて溺愛されるお話です。

処理中です...