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世界は残り、三秒半
第七話
しおりを挟む元々壊れかけみたいな飛行機の機体のどこかから、ボスボスと変な音がし始めた。
飛び立って約五時間。
燃料を入れて機体チェックをしたいとリアムに告げた、初めてこちらを向いた異国の操縦士に俺はペコッと頭を下げる。
『グレッグ、チェックポイントまで保ちそうか?』
『はい。二十分後には到着予定です。ご心配なく』
『ちょうどいい。ユーリも腹が減っただろう』
『手配は滞りなく』
『よろしい』
二人は英語でボソボソと会話をしていた。
本当は何て言ってるのか全然分からなかったんだけど、エンジン音でかき消されて聞こえなかった風を装った俺は、やっぱり馬鹿かもしれない。
景色の変わらない薄暗い外を眺めていると、こうしている今もたくさんのヒトの命が消えてしまっている事が、別の星の出来事のように思えてしまう。
でもこれは紛れもない現実で、バース性によって選別されたヒトが無残な死に方をしているなんて信じたくない。
粗雑に手荒に扱われてはいたけど、監獄で守られていた俺がどれだけ恵まれていたか。
だからと言って、オメガで良かった……なんて思えるはずがなかった。
「ユーリ、一つ目のチェックポイントだ。腹が空いただろ?」
「ん、ちょ、ちょっと今は喋れない……っ」
下降する機体にかかる重力で耳はおかしくなるし、内臓がせり上がってくるような感覚も気持ち悪い。
着陸時も激しい揺れでお尻が壊れるかと思った。
これは絶対に、俺が囚われてて体力が無いから、なんてのは関係ない。
操縦士のグレッグでさえよろよろと地面を歩いているのに、俺の体を支える余力が残ってるリアムのこの強靭さは何なんだ。
「ここも廃れたな……」
隣でボソリと、リアムが悲しげに呟く。
俺達が降り立ったそこは建物一つ無い瓦礫と砂が目につく荒野で、俺の祖国ではない。
休む事なく機体チェックを始めたグレッグを残し、リアムは俺を連れて少しだけ歩いた。
俺の体を気遣い、何度も抱き上げようとしてくるリアムの優しさを断って、久しぶりに歩く地面を噛み締める。
──今頃、父さんと母さんはどうしてるんだろう。
リアムが言ってた事が本当なら、ベータ性である二人の精神状態が心配だ。
オメガの俺を突然迎えに来た男達に、二人は涙ながらに「連れて行かないでくれ」「大事な一人息子なんだ」「手荒な真似はしないで」と懇願していた。
あれから一度も会ってない。
肝が据わってるというか、冷めてるというか、俺はあの独房みたいなところに閉じ込められていても追い詰められたりはしなかった。
それは、何年経っても色褪せない大切な思い出があったからだ。
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