個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 盛大に照れた橘から抱き上げられて、バスルームで後処理をしてもらい、ピカピカになった体で橘が淹れてくれたお茶をソファで飲むというのが定番化している。

 同じ湯呑みで、由宇にピタリと密着しお茶を飲む橘のバスローブは相変わらず着崩されていてだらしがない。

 だがそんな事はどうでもいい。

 今、由宇の心は満たされに満たされているからだ。

 恐ろしかった橘とのセックスは、初めてにしては感じられた方だと思う。

 最後の方はあまりよく覚えていないけれど、噛まれた痣が今頃になってヒリつくくらいで、あとはすごく気持ち良かった。

 巨砲を受け入れる際も、橘による「開発と拡張」のおかげでかなり恐怖心も和らいでいた。

 あれをいきなり後ろの穴に入れると言われて本番を迎えていたら、恐れ慄いて橘とは二度とセックスしないと言って逃げ出していた可能性だってある。

 教師らしく、由宇の性格を熟知した上で彼なりにプランを立ててくれていたのかもしれない。

 由宇のために「ガツガツはやらない」と言ってくれた事も然り、橘は目に見えて由宇に優しくてドキドキする。

 隣で不機嫌そうに顔を顰め、長い足を雑に組んでお茶を啜っていても絵になるくらいカッコイイ。

 たとえ、ノーパン主義のせいでバスローブから巨砲がチラ見していたとしても、何も言わずにそっとはだけた前を直してやるくらいの心の余裕も生まれた。


(ぷぷっ……先生のこの顔……眠いんだ。  それかお腹空いた?  今日はお酒飲んでないしなぁ)


 夕食も食べずに橘と交わっていたのでお腹が空くかと思えば、全然そんな事はない。

 体力をすべて奪われてヘトヘトで食べられないというのもあるが、心が十二分に満たされているので、食欲は二の次で今はとにかく幸せに浸っていたい。


「なぁ、腹減らねーの?」
「えっ!  なんで俺がいま考えてる事分かったんだよ!」
「いや知らねーけど。  マジで大丈夫なのか?」
「うん、要らないよ。  お腹減ってない」
「そうか」


 橘と心が通ってから、事ある毎に「俺に遠慮はするな」と言われているので、由宇はその台詞に甘えさせてもらっている。

 疲労感たっぷりな由宇に比べ、まだセックス自体も物足りなさそうだった橘はどうなのだろうか。

 しきりに空腹ではないかと聞いてくる辺り、橘の方が遠慮しているのではないか。


「先生は?  晩酌しなくていいの?  俺寝るから、気にしないでご飯食べたらいいのに」
「要らねー。  食にそんなこだわり無ぇんだよな。  食わないなら食わないでいい」
「えぇ……。  でも先生、ファミレスではカレーしか食べないんでしょ?  カレーならハズレないからって」
「なんで知ってんの」
「拓也さんが教えてくれた」
「アイツ…」


 橘は苦笑しながら、湯呑みをテーブルに置いた。

 こだわりがないなら味がどうこうと言うわけがない。

 ボンボンな橘は、単に良いものしか受け付けないだけである。

 こんな細かな情報を知られたくなかったのか、バツが悪そうだ。


「あ、先生、……スマホ?  鳴ってない?」
「ん?」
「先生のスマホ持ってくるよ。  ベッドルームにある?」
「あぁ、いい。  俺行く」
「えっ、でも……」
「いいって。  座ってろ」


 立ち上がりかけた由宇を引き止め、橘は由宇の頭をクシャクシャと撫でてからベッドルームに消えた。


(えーっ、えーっ、先生が優しい!  前の先生なら俺をパシリに使ってたのに!  この優しさの垂れ流し……慣れないよぉ~~!)


 表情は何も変わらない。

 けれど態度や声色が以前とはまったく違う。

 悪魔のようにニヤリと笑いつつ、温かく大きな手のひらで頭を撫でてくれる回数が飛躍的に増えた。

 橘なりに由宇を可愛がっているのが分かる、その「優しさ」が未だに慣れない。

 強い口調も物言いも以前のままなのに、人はここまで変われるのかというほど大きな変化を毎日感じる。

 ───すごく、幸せだ。


(あ、戻ってきた)


 誰かとスマホで会話をしながら悠々と戻ってきた橘は、ドカッとソファに腰掛けて当たり前のように由宇の肩を抱く。


(……またヨシヨシされそ……。  先生どうしちゃったんだろ)


 引き寄せられて橘の胸元に頭を寄せた由宇の耳に、スマホから通話相手の声が漏れ聞こえてきた。


『……~マジで!  やったな!  どうだった!?』
「さいこー。  マジでさいこーだった」
『そうかぁぁ!  風助もついにこっちの世界に足を踏み入れたか!』
「だな。  てか樹さんに大事な事聞くの忘れてたんだよ」


 聞き覚えのある名前が出てきて、「あ…」と由宇は橘を見上げる。

 電話の相手は総長様のようだ。

 総長様の仕事柄、不規則な時間に掛けてきても橘が不機嫌にならない唯一の相手であろう。

 由宇の髪を指先で弄りながら、橘がフッと笑った。


『大事な事?  なんだっ?』
「相手が初めての場合、どの体位が楽なんだ?」
「ちょっ……!」
『あ!  今ポメ君の声したぞ!  隣に居んの!?』
「あぁ。  で、体位は……」
『ちょっと代われよ!  話してみてぇ!』
「は?  なんで」
『いいからいいから!』


(いやっ、えっ?  なんで俺が総長様と!?  やだやだ、脅されたりしたらどうしたらいいんだよ!)


 暴走族に多大な偏見を持つ由宇が、ビビり上がるのも無理はなかった。

 代われとしつこい樹に折れ、橘が「ん」と由宇へスマホを渡す。

 何を言われるのかまるで見当もつかないため、スマホを受け取るのに三秒ほど躊躇した由宇だった。



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