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しおりを挟む橘の病室まで由宇も付いて行ったのに、入り口でシッシッと追い返された。
「面会時間ってやつが終わんだろ。 拓也達待たせてあんだから早く帰れ。 これは明日返す」
そう言われ、ラミネートフィルムも返してもらえないまま入り口をピシャリと閉められてしまった。
また、説明が足りない。
宝物を返してほしい、由宇への想いをきちんと伝えてほしい、……と不満を抱いたものの、橘はこういう男だった。
この一年どんな気持ちで過ごしていたのかを橘に話してやりたい。
由宇の好きな人が橘である事を、橘は知らない。
確実に、誤解している。
離れる前に、「片思いの相手が出来た」と嬉々として橘に語った事があったが、あれは橘への想いを自覚したばかりだったのでちょっとウキウキ感が出てしまった。
片思いの相手は、他の誰でもない橘その人だ。
恋を覚えたての由宇が、そんなに変わり身早く他の者を好きになれるはずがない。
橘はどうやら……大きな勘違いをしている。
「チワワちゃん、こっちこっち」
自動ドアを抜けると、拓也と瞬が出入り口に車を付けて待っていてくれた。
この二人とはそれほど面識がないので、送ってもらうのは申し訳ないなと思ったのだが、より距離感のある瞬から背中を押されて面食らう。
「乗って。 メシ食いに行こ」
「え、いや、コンビニで買うんで大丈夫です……」
拓也は運転席に、そして何故か瞬が由宇の隣にやって来てそんな事を言うので、慌てて頭を振った。
走り始めた車内で、拓也が吹き出しながらルームミラー越しに由宇を見る。
「そんな怯えなくていいって。 俺ら風助さんよりは怖くないよ」
「こ、怖いとは……っ」
「風助さんの恋人って初めてだから、接待したい」
「接待……!?」
「瞬、まんま言い過ぎ」
にこやかな拓也に対し、瞬は終始真顔である。
ツンツンヘアーと、今日まで気が付かなかった首元のタトゥーが由宇をビクビクさせた。
しかも「接待」とは穏やかではない。
橘の恋人、という嬉しい言葉もすんなりとは入ってこなくて、いくらか目を見て話しやすい拓也をルームミラー越しにチラ、と伺う。
「いや、でも……」
「チワワちゃん何が食べたい?」
「い、いやほんとにそんなお腹空いてないし……」
「ご飯食べさせないでチワワちゃんを家に帰したとなると、明日俺らが風助さんから回し蹴り食らっちゃうんだよ」
「えぇっ?」
「ガチで」
瞬にも頷かれ、そんな……と窓の外を見た由宇は、ふと思い出す。
いつだったか、一人で食事をしたくないと橘に言った事があった。
もしかしてそれを覚えていて、二人にも言い伝えてくれているのかもしれない。
だからといって、あまり知らない人と食事をするのは気が引けた。
「チワワちゃん未成年だしファミレスにでも行くか」
「そうだな。 何でもあるからいいんじゃね」
これは、由宇が未成年でなければ確実に酒の出す店へと連れて行かされた流れだ。
もう「接待」を受けるしかなさそうな雰囲気に、ハハ……と苦笑した。
しかし由宇は、そのファミレスという場所へ行った事がないので少しだけ興味が湧いた。
「ファミレス……初めて行きます」
「はっ?」
「チワワちゃん、それマジ?」
「っはい……」
(え、ファミレスってメジャーなんだ!?)
隣の瞬からは驚いた形相をされ、信号待ちで拓也は振り返ってくるしで、そんなにおかしな事を言ったかと二人を眺める。
「チワワちゃんもイイとこの子なのかぁ。 風助さんも俺らと知り合うまでファミレス行った事ないって言ってたよな」
「そりゃあんなデカい病院の外科部長の息子だろ。 ファミレスとは縁がないって」
「金持ちカップルじゃん~」
「ウケる」
「瞬、ウケるとか言って全然笑ってねぇー」
二人がそんな会話をしていた最中、由宇は橘の名前が出る度に想いを馳せてしまっていた。
もう会いたい。
さっき別れたばかりなのに、もう顔が見たい。
不機嫌そうな低い声で「ポメ」と呼ばれたい。 とても明日までなんて、待てない。
けれど由宇にはまだ、強行突破するほどの度胸がない。
迷惑は掛けたくないし、面倒がられたくもない。
二人に連れられて行った初めてのファミレスでは、橘がいつも頼んでいるというカツカレーをオーダーした。
少しでも彼の気持ちを知りたい、深く分かりたいと思ってのオーダーだったのだが、拓也曰く、
「風助さんって味にうるさいんだよ。 カレーだったらハズレないだろ、って言って他のもんまったく頼まない」
と、何とも橘らしい理由に笑いを堪えきれなかった。
(ふーすけ先生の言いそうな事だ……!)
橘は一貫している。
自分の信じた道は、誰が何と言おうと覆す事がない。
大好きな人だと思う前に、やはり本当に魅力的な人間だと改めて惚れ直した。
………カレー如きで。
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