個人授業は放課後に

須藤慎弥

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13一5●ふーすけ先生の活路●②

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 温くなったお茶を一口啜り、足を組み替えた橘は二人をジロッと睨んだ。

 本人に睨んだ意識は無いが、視線を寄越された二人はそう感じて肩がビクついた。


「ただマジで、こればっかりは俺も自信が無え。  昔の恩が頭よぎっから強くは言えねーとこもあってな」
「……は、はい……」
「だから長期スパンだ。  俺も仕事立て込むからそんな動けねーし、でもその間に歌音との結婚を急かされても困る。  いいか、歌音は親父さんから結婚の話題出されたら、引き延ばしてもらうようにうまく言え」
「……はい……」
「っつーか親父さんはもうあんたらの関係知ってんじゃねーの?」


 この話になると露骨に落ち込んだ様子を見せる歌音だが、橘と結婚する事は何年も前から決まっていたのに、親に不倫を知られたくないからと黙ったままなのが気に入らない。

 ただ話さずとも、あの親父さんなら調べを尽して全てバレていそうである。


「私からは何も言ってない……です……」
「私も社長とは仕事上の付き合いしかしていませんもので……」


 二人揃って秘密にしているという事か。

 反対され、引き裂かれるのが怖くて打ち明けられないのかもしれないが、橘はどうしても、この二人の独善的な考えが理解不能だった。

 自分達の我を通したいのなら筋を通せよ、と思ってしまう。

 橘は、生まれて初めて「守りたい」と思った由宇から早々と手を引いているのだ。

 離婚という結末と、不倫カップルを引き裂かないという結論、結果として、歌音と橘は結婚しなくてよい道を進む……これらが由宇と離れる前に分かっていれば良かった。

 今分かったところで、由宇に好きな人がいる以上は橘は本当に失うものがない。

 それがどれだけ切ない事か、こいつらの能天気脳ではいくら説明しても分かってもらえないに違いない。


「恐らく親父さんは、あんたらからの説明を待ってんじゃねーか?  あの親父さんが何も知らねーってのは考えにくい」
「………………」
「………………」
「俺も歌音とは結婚出来ねぇし、早いとこ自分達で打ち明けてもらえるとめちゃくちゃ助かるんだけど」
「そ、そ、それは……心の準備が……」
「心の準備なぁ。  あんまグズグズしてっと暴露っちまうからな。  俺が待てんのは一年が限度だ。  来年の春過ぎても何も変わってなかったら、問答無用で親父さんに暴露する。  それまでにあんたらも出来る限りの手を尽くせ」
「……はい……!」


 二人が息ピッタリに頷いたのを見て苦笑し、橘は立ち上がった。

 このままこの部屋は今日一日二人が使えばいいと言い残し、邪魔者は退散する。

 能天気な二人から頭を下げて見送られ、その姿からさえもハッピーオーラが出ていてイライラした。


 ──二人の事が羨ましい、なんて思わねーんだからな。絶対。


 無性に煙草が吸いたい。

 けれど橘は、由宇が嫌がる方の煙たい煙草は完全にやめた。

 それが未練に繋がっているとは思いもせず、樹に言わせると「失恋中」の橘の眉間は毎日くっついている。

 早く時が過ぎればいい。

 由宇が卒業してくれさえすれば、毎日顔を合わせる事も無くなってせいせいする。

 あと二年近くは長い、長過ぎる。

 せめて由宇が誰かに片思い中じゃなければ、自らの政略結婚の結末までシナリオを書き上げた橘は、大手を振って由宇にちょっかいをかけるのに。


「早くフラれろ、アホポメ」


 笑顔が見たい。

 由宇が幸せならそれでいい。

 そんな事を思っていても、どうしても自らの手に欲しいと願う気持ちは止まらなかった。

 それもこれも、毎日授業があるから。

 理系クラスで学ぶ由宇が、橘をキラキラした目で見てくるから……諦めきれない。


「そうか、あいつの好きな奴を探りゃいいのか」


 何故こんな簡単な事に気が付かなかったのだろう。

 橘を好きでいたはずの由宇が心変わりしたと知って、目を背け続けてきた憎き恋敵。

 一度そいつをこの目で拝み、自分と比較して優越感を覚えて、「お前は男もいけんのか」と凄んでやろう。

 由宇に相応しい奴でなければ許さない。

 橘よりいい男でなければ、決して由宇は渡せない。

 諦める、由宇の好きにしたらいい、などという綺麗事を言うのは、もうやめなければ。


「俺マジでうぜー野郎だな」


 ガムを一粒取って咀嚼し、笑う。

 ──大人の余裕はどこにいった、と。



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