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しおりを挟む由宇は以前のようにメソメソするのをやめた。
すると、由宇に分厚い壁を作り始めていた橘の態度も、いくらか由宇の知っている悪魔に戻りつつある。
きっと橘も、由宇の事が好きなのだ。
でも理由あって伝えられないから、突き放そうとしている。
もはや由宇にはそうとしか見えなくなっていて、橘はやっぱり正義で、とても真っ直ぐで実は心底優しい……このお決まりの言葉を使って内心に留め、由宇は想いを閉じ込めた。
「そんな事ありませんーっ。 それより先生、今日の授業ちんぷんかんぷんだった」
「はぁ? あんな懇切丁寧に教えたのにか」
「うん。 言い訳できないくらい、ちんぷんかんぷん」
橘が腰掛けている机の傍に座り、教科書とノートを取り出す。
恋を自覚してから、数学がどうこうというより授業中は本当に橘に見惚れてしまっていて、内容がまったく頭に入ってこないのだ。
ドラマでそんな描写が描かれているのを見た事があった由宇は、そんな事あるはずないだろ、と鼻で笑っていたがあれは事実だった。
教師と生徒というとてつもない背徳感も、間違いなく由宇の恋心に火を付けている。
この感情が自然と消えていくまでだと分かっていながら、いつからか橘への想いは日増しに強くなっていた。
失恋確定だからか、はたまた失恋の痛みの実感がまだないからか、開き直るとどこまでも能天気でいられた。
由宇は怜と同様に、元気いっぱいな真琴から良い影響を多大に与えてもらっていて、現在非常に清々しい。
「理系厳しめ」
禁煙パイポを摘む橘の長い指先に目を奪われていると、不意にそう言われた。
「それ前も聞いた! 厳しくならないように先生が個人授業してくれてんだろ!」
「復習ばっかじゃ追い付かねぇよ。 お前家で自習してんのか? マジで寝るギリギリまで勉強しろよ」
「無理。 眠いもん。 先生が見張ってくれたらいいのに」
「出来るか、んな事」
「出来るかもよ? 家に来たら」
「行かねーよ」
「はいはい、分かってますよーだ」
ベッ、と舌を出しておどけると、「お前マジで態度悪りぃ…」と言いかけた橘の動きが止まる。
久々に瞳を見詰められて、心臓がドキドキしてきた。
三白眼なのに妙に色っぽい橘は、こうして真剣な顔をして黙っているとモデルか俳優かに見えてくる。
高鳴る心臓を押さえながら、由宇も同じだけ見つめ返していると、橘が長い足を組み替えて片目を細めた。
「…………好きな奴でも出来たか」
「え?」
「いや、なんでも……」
なぜいきなりそんな事を聞かれたのか分からなかったが、橘に恋する由宇は大きく頷いた。
好きな人なら、いる。
由宇は間違いなく、恋をしている。
相手が誰とは言わず、とにかく今の思いを率直にぶつけた。
「出来たよ。 めちゃくちゃ好きな人。 毎日ね、その人の事思い浮かべるだけでドキドキすんの。 寝る前に顔とか声とか思い出しちゃうと、眠いのに眠れなくなるんだ。 これって恋だよなっ?」
「…………知らね」
絶賛片思い中のような初な胸の内を曝け出すと、そんな由宇を見ていた橘はおもむろに視線を外した。
禁煙パイポを吸い、足を組み替え、机に肘を置いたりやめたり、何やら落ち着かない。
視線が合わないのを承知で、由宇は真っ直ぐ橘を見続け問うた。
「……先生は本気の恋、した事ある?」
「ねぇよ」
「じゃあ俺の勝ち!」
「……勝ち負けじゃなくね? まぁせいぜいその好きな人ってのに愛想尽かされねぇようにな」
由宇の言葉をどう受け止めたのか、橘はそう言ってフッと笑ったけれど顔は強張っていた。
下手くそな、いかにも何か企んでいそうな口元だけの笑みも無かった。
(愛想尽かされる前に、叶わない恋なんだけどね)
橘の正義を貫いてもらうために、由宇は気持ちを殺す。
そして橘も、由宇を気にしていながら自身の気持ちに気付かないフリをしている。
二人ともがそれぞれ、これが正解なのだと信じていて、打ち明け合わないまま心を偽り続けなければならない。
「分かってるよ。 ……好きだから、困らせたくないもん。 俺を好きになってもらえるとは思ってないし」
橘の視線を感じつつ、由宇はノートの隅っこに落書きをした。
散ってすぐの活き活きとした桜の花びらを三枚、描いた。
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