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しおりを挟む由宇は立ち上がった。
怜の自宅に置きっぱなしにしていたこの寝間着は外着でもおかしくはないし、この上からコートも羽織るので出歩いても問題はない。
よし。 今日は帰ろう。
さっきまで橘への悲恋にシクシク泣いていた由宇だったが、現在、信じられないくらい自らを達観していた。
真琴が素直に気持ちをぶつけているのを見て、心が洗われた気分だった。
(別に、先生の事好きでもいいんじゃん)
諦める、とはちょっと違い、橘がどれだけ由宇との距離を取ろうとも、由宇はその想いが自然と消えるまでは好きでいてもいいのだと気付かせてくれた。
叶わないなら、諦めた方がいい。
確かにそうかもしれないが、それは単に逃げである。
由宇は思った。
もう少しの間だけ、ひっそりと、初めての恋にワクワクしていてもいいのではないか、と。
(さっ、邪魔者は退散、退散……)
せっかく二人を引き合わせて、真琴がこんなにも感情を爆発させている今、由宇が一番のお邪魔虫だ。
畳んでおいた制服を丸めて鞄に詰め込むと、それを肩に掛けて二人を見下ろした。
「……真琴、もう言っちゃえば?」
「へっ!? え、で、で、でもでも……!」
「何? 何を言っちゃえばって? てか由宇、何してんの」
「帰ろうかなって」
鞄を肩に、そのまま部屋を出て行こうとしている由宇を止めたいらしいが、「怜様!」と腕にしがみつく真琴が思いの外強い力で怜を引き止めている。
帰ると言うと、怜の声がひっくり返った。
「は!? こんな遅い時間に帰らせるわけないだろ! 何を言って……っ」
「怜様!! おれ、怜様の事が好きです!!」
「は!? ちょっ、はっ!?」
「由宇、どうしよう! 言っちゃった……!」
「うん。 言っちゃったね。 怜は押しに弱いと思うから、アタック頑張れ!」
由宇が帰ると言うは、真琴はどさくさ紛れに告白してくるは、怜はまさにパニック寸前だった。
大切な親友だからこそ、真琴のように真っ直ぐで純粋な人とうまくいってほしい。
男だろうが女だろうが、怜はきっとそんなもの関係なしで人間性を好きになってくれるはずだ。
真琴から特別言われたわけではないが、恋愛初心者の由宇に仲人役は荷が重過ぎるし、真琴なら自分で何とかやってくれそうである。
「待って、由宇!! 俺もう何が何だか……! 林田くんちょっと離して…!」
怜の慌てる姿を初めて見た。
どこか新鮮な気持ちの中、由宇は大好きな親友に笑顔を向けた。
「怜、俺、真琴を見習う事にする。 自分の気持ち否定しちゃダメだよね。 我慢はするけど、俺、先生の事好きでいるのやめないよ。 ありがと、怜」
「俺なんにもしてないけど!? 待って、マジで帰るの!?」
「うん。 今日は一人になりたい。 まだ電車動いてるけど駅まで遠いし、すぐそこでタクシー拾って帰るから心配しなくていいよ。 晩ごはん、ごちそうさまでした」
「由宇ーーっ、帰るんならこの子も連れて帰ってー!」
「由宇、気を付けてね! 先生のこと諦めちゃダメだよ! 怜様、由宇が一人になりたいって言ってるんだから、一人にしてあげて!」
「いや君が騒いだから由宇が帰るって言い出したんでしょ!?」
「おれは怜様の背中をお借りして泣いただけです! 由宇の気持ちとは別だと思います!」
「何その自信……。 由宇、せめて見送らせて……って、もう居ないじゃん……」
部屋を出た由宇は、いつの間に帰宅していたのか玄関先で怜の父親の大きな革靴を発見した。
漏れ聞こえてくる二人の会話に吹き出しそうなりながら、靴を履く。
「由宇ならとっくに部屋出て行きましたよ! 怜様、今夜はたっぷりお話しましょうね!」
「嫌だよ……君と話してるとすごく疲れる……」
「おれ、怜様の事が好きです!」
「それさっき聞いたよ。 お断りします」
「え…………うわぁぁぁぁん!!!」
「ちょっ!? シーーっ!!」
(……ぷっ……真琴、近所迷惑だよ)
怜の冷静な返しと真琴の絶叫が面白くて、もう少しだけ聞いていたかったがやめておく。
早く自室のベッドに潜り込んで、橘の残像に想いを馳せてキュンキュンしたい。
低く不機嫌そうな声を思い出してドキドキもしたい。
由宇は、まだ何も始まってすらいない二人に、すっかりあてられていた。
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