個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 願ってもない怜の自宅へ行けるとあってウキウキな真琴を、少々鬱陶しそうにしていた怜だったが少し時間が経つと慣れてきた様子である。

 少しばかり幼い子を扱うようにしているのが面白くて、由宇はすっかり二人のやり取りの聞き役に回っていた。


「どうしてご飯食べてるだけで周りがそんなに散らかるんだよ。  林田くん、部屋めちゃくちゃ汚いでしょ」
「え~!?  怜様にはお見通しって感じ!?」
「シチューでベタベタなスプーンをテーブルに置かない。  綺麗に見えるテーブルも、雑菌だらけなんだから」
「ちゃんとティッシュで拭きますから!  おれ体めっちゃ丈夫だし!!」
「そういう事を言ってるんじゃない。  ちゃんと人数分のグラス出してるのに、なんで俺と由宇のお茶飲むの?  自分の飲んで」
「ぷっ……」


 怜がこれだけ真剣に他人を注意している所を見た事が無くて、面白くてたまらなかった。

 叱られている真琴も、大好きな怜からは何を言われても平気らしい。

 強いハートと、恋する気持ちがかなり真琴を浮つかせている。

 さっき挨拶を交わし合ったとは思えないほど、恥ずかしさなどどこ吹く風な真琴は怜に懐いてしまっていて、怜は怜で放っておけない性根によって仕方なしに真琴の面倒を見ていた。

 帰りが遅いという怜の父親を待たずして食事は終了し、順番にお風呂も借りて(真琴には由宇の着替えを貸した)、歯磨きを済ませた三人は寝る間際になって宿題に取り掛かっている。

 怜の部屋にある脚の低いテーブルで黙々とそれをこなしていたのだが、また二人が騒がしい。


「林田くん、俺の場所取らないで。  俺ほとんどスペース無くなってる」
「あっごめ~ん!!  怜様、消しゴム分けて!」
「分けてってどういう事?  無くなったの?」
「はい!  さっきまであったんだけどなぁ~どこ行ったかなぁ~」
「……はい、これでしょ。  落としてたよ」
「落としてたっ?  ありがとうございます~!  さすが怜様!」
「だからスペース無いんだって。  由宇、ちょっと寄っていい?」
「うん、いい……」
「あ!!  そんなくっついたらダメなんだぞ~!  ささっ、怜様はどうぞこちらに!」
「いや、そこ俺のスペースだったでしょ。  林田くん……」
「ぷっ……」


 二人の掛け合いは、見ていてとても微笑ましかった。

 怜が由宇の方へ寄って来た時、またもヤキモチを焼いた真琴が慌てて怜のスペースを確保し、由宇に牽制の意味でなのかチラッと横目をくれてきた。

 まったく……と溜め息を零す怜の横顔を、真琴はうっとりと眺めている。

 邪険、とまではいかないが、決してまだ真琴に心を開いていない怜からの言葉でも、照れて見詰めているだけだった頃と比べると幸せでいっぱいなのかもしれない。


(分かるよ、真琴……。  俺もついこの間まではそうだった……)


 由宇も、橘になら何を言われても、されても、平気だった。

 マイペースさにイラッとしても、橘と言い合いをしていればいつの間にかイライラは解消されていて、結局は由宇の負けで終わる。


(あの頃が一番楽しくて、幸せだったかもしんないなぁ……)


 あのペンションでの二日間は未だに忘れられない。

 濃厚過ぎた行為もそうだが、橘に数学を教えてもらったり、休憩がてらバルコニーに出て一緒に苦いお茶を飲んだり、嫌がる橘を横に付かせてソファで寛いでテレビを見たり───。

 楽しかった。

 今考えると、甘酸っぱくもあった。

 あの時この想いに気付いていたら、もっともっと胸に刻んでおいたのに。

 橘の表情も、声も、においも、仕草も。

 また冬に来たらいいな、と橘は言っていたけれど、それはもう叶う事はないだろう。

 由宇も、そして橘も、互いの想いを知ってしまったから……。


「由宇?  眠い?」
「んっ?  あ、あぁ、いや……大丈夫」
「俺のベッド入ってていいよ?  宿題もう終わったんでしょ?」
「うん、終わった……」
「れ、怜様のベッド……!?!  由宇、怜様のベッドで寝るの!?」


 ぼんやりと橘に想いを馳せていたのが台無しになるほど、真琴の大きな驚愕の声に目が冴えた。

 宿題も終わった事だし本当に寝てしまおうと、鞄にペンケースやらを直していく。

 ねぇねぇ!とうるさい真琴は、怜が処理してくれた。


「そうだよ。  いつも一緒に寝てる」
「えぇぇぇぇ!?!?  そ、それ橘先生が聞いたらヤバイんじゃ……っ!?」
「ちょっ、真琴!」


(あーもう!  油断してたらこれだ!!)


 またしても突然、橘の名前を出されて由宇は激しく動揺した。

 なんなら、このまま由宇が口を割らなくても良さそうな雰囲気だったではないか。

 怜は真琴の世話で忙しそうだし、真琴も怜の事で頭がいっぱいなようだから、由宇の件は忘れてくれていればいいなと思っていたのだ。


「なんでさっきからちょこちょこ橘先生の名前が……って、由宇?  ……そうなの?」


 と、思ったが甘かった。

 検事志望の怜にスイッチが入り、瞳をスッと細めて由宇の尋問に入っている。

 もう、「怜様」の視線から逃れる術はないのか。


「…………違う……」
「違う事ないじゃーん!!  イチャイチャしてたし~?  キスも……むぐっ!」
「…………キス?  橘先生とキスしたの?」
「真琴!  マジで黙ってて!」
「むぐっ、むぐっ」
「……由宇」


 余計な事は言わないで!と口を塞いだ真琴の耳元で囁くと、そのまま彼は何度も頷いた。

 真琴はどうしてこうも、言ってはいけない事を次々と平気で言ってしまうのか──。



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