個人授業は放課後に

須藤慎弥

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10一4 ●ふーすけ先生の葛藤 Ⅳ●

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 指定された会員制のお洒落な居酒屋へと出向くと、橘の背後にやって来た拓也達を見て先に到着していた樹がフッと笑った。


「何だよ、舎弟引き連れてお出ましか」
「樹さんの舎弟でもあるだろ。  お前らどうすんの?  カウンターしか空いてねぇって言われてただろ」
「別にいいじゃん、同席すれば」
「それは俺が気まずい。  話終わったら声掛けるから、カウンターでメシ食ってろ」
「あざーっす!」


 個室は五人でもゆっくり座れる座敷ではあったが、橘は拓也達の同席を良しとしなかった。

 スーツのジャケットを脱いで胸ポケットからペンを取り出し、拓也に手渡す。


「こんなもん仕込んでんじゃねーよ。  俺が気付かないとでも思ったか」
「うーわ、さすがっすね」


 突き返したのはペンタイプの盗聴器で、探偵である彼らにとっては珍しくない代物ではあるが、一般の者達にはほぼ100%バレる事のない精巧さである。

 橘は院内を出て白衣を脱ぐ際にはこれの存在に気付いていたが、さすがに盗聴されると気まずい内容を話すので突き返したまでだ。

 ペンを受け取った拓也達は魂胆を見破られて大人しくカウンターへと向かって行き、それを見届けてから橘は扉を閉めた。


「風助、面白い事になってるみたいじゃん」
「面白くないって」
「早く話聞きたくて仕事巻きで終わらせたぜ。  相手どんな男なんだ?」
「まず一杯飲ませろよ。  ここ注文どうすんの?」


 樹と対面する方へ腰掛けると、笑顔が下手なのはこの樹も同じで唇の端だけを上げてニヤついている。

 橘は連続で飲むためにビールを大ジョッキで二杯オーダーした。

 食べ物は樹が適当に頼んでいるらしいので、それを待つ間一杯目の大ジョッキを一気飲みする。


「やべぇ、二日飲んでねーからビールだけで腹がビックリしてるわ」
「何で二日も飲んでねぇんだよ。  風助は毎日晩酌男だろ」
「嫌なあだ名だな。  土日は泊まり行ってたんだよ、ペンション」
「ペンション~~?  例の男と?」
「そ。  生徒」
「何だと!?!」
「しかも高一」
「はぁぁぁ!?!?」


 一気飲みでスイッチが入り、二杯目も二口ほどで飲み切りながら樹の驚く姿を見て苦笑した。

 橘自身もこの土日の出来事を思い返すと驚愕の一言なので、樹の反応は当然である。


「そりゃ驚くよな。  俺が一番驚いてっから」
「……どういうきっかけなわけ?」
「きっかけ……ないな。  気付いたらあんあん言わせてた」
「なっ!?  もうヤったのか!」
「最後まではしてねー。  素股だけ」
「充分だろ!  ……萎えなかったんだな?」
「そうなんだよ。  それはそういう事になんのか?」


 橘は一度たりとも男に欲情した事などない。

 かなり綺麗どころのセックス好きなエロい女ばかりを相手にしてきて、それを知る樹は信じられないとばかりに橘を見ている。

 進むべき樹の酒は一向に進まず、料理もまったく減っていかない。

 打ち明けた当の本人である橘は、早くもビールからウイスキーのロックに切り替えた。

 絶えず飲んでいないと、こんなこっ恥ずかしい話は続けられない。

 ひとしきり驚いた樹はビールを飲み干し、新たにオーダーしながら自身もつい最近知った恋心を思い出していて、溜め息を吐いた。


「俺も一昨年までは高校生に手出そうとしてたから人の事は言えねぇか……」
「樹さんが?」
「今よくテレビ出てんだろ。  ETOILE(エトワール)のハルって子。  俺あの子にマジだったから」
「へぇ~ETOILE知らねーけど」
「風助テレビ見ねぇもんな。  出会った時まだハルも中三だったし、マジで手に入れようとしてたからじっくりゆっくり警戒心解いて落とそうとしてたんだよ。  そしたら秒で持っていかれたわ」
「樹さん奪い返しゃいいじゃん」


 ここはかなりの高所得者限定の会員制居酒屋なので、そこまで周囲を気にする必要は無かったが、「CROWN(クラウン)」という名前だけはひとまず避けておいた樹だ。

 橘が枝豆を摘んでいると、樹は神妙な顔でテーブルに腕を乗せて橘を指で呼ぶ。


「日向 聖南(ひゅうが  せな)って覚えてるか」
「日向…………」
「ほら、赤髪でラリってる総長が居たとこの族。  中坊で副総だった……」
「あぁ~、そこの族と他県の族の喧嘩止めた事あったな。  金髪ですげー強え奴しか覚えてねーけど……って、あれが日向聖南?」
「そうなんだよ。  関節技使いこなすまで平気で他人の骨ボキボキ折ってた男。  ハルを託すにはもってこいのボディーガードだ。  ハルも幸せそうだし、俺は潔く身を引いて失恋に泣いてんだよ」
「へぇ~」


 橘も樹も当時の聖南を一度しか見た事は無かったが、今でもその光景が脳裏に焼き付いているほどそれはそれは凄まじい喧嘩っぷりであった。

 現在の橘も暴れると手が付けられないがそれともまったく遜色なく、敵味方関係なく見惚れるほどに強かった。

 真顔で次々と喧嘩相手に関節技を決めて地面に転がし、それでもうるさい相手には馬乗りになって頭突きをかまし気絶させていた。

 その聖南に奪われたとなれば、恋する相手が幸せそうなのも手伝って樹が諦めたというのも納得だ。

 そもそも樹に「マジな相手」が居た事の方が、橘には衝撃だった。


「風助はその子の事どう思ってんだ?  失恋はツラいぞー。  やべぇくらい落ち込むぞー」
「どうもこうもない。  好きなのかどうかも分かんねー」
「そんな悠長な事言ってたら俺みたいに泣く羽目になるぞ!  相手が女じゃねぇのに素股してぇって思うくらいには好きなんだろ、その子の事」
「…………やっぱ男には思わねーよな?」
「ストレートだろ、風助。  その辺の男見て「ヤりてぇ」って盛るなら別だけど」
「それはねーよ」
「じゃあ確定じゃね?」
「…………好きっての?」


 橘の最大の疑問に答えが出そうだった。

 それでも煮え切らない橘の心の概念を知る樹は、四杯目のビールをオーダーすると同時に橘のウイスキーに手を掛けて飲んだ。

 ザルの橘はともかく、樹に至っては今日は深酒しそうである。



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