個人授業は放課後に

須藤慎弥

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 両親の重大発表(仮)は、怜にはもちろん誰にも言っていない。

 由宇の中ではそれは喜ばしい方に感情が傾いているので、「ちょっと聞いてよ…」とかしこまって話す事でも無かった。

 心配なのは怜の方だ。

 橘は一体何をしてたんだと問い詰めたくなるほど、何も進展が無さそうで由宇は事情を知るだけにジリジリしていた。

 この一ヶ月は動ける時間が多いので、なるべく怜の身辺を探る時間に充てようと思っている。

 それには橘の持つ情報が少しでも欲しいので、由宇はこっそり彼がいつも隠れてタバコを吸う旧校舎に居た。

 休み時間、先生に呼ばれたからと怜を教室に残したまま。


(あっ、来た……!)


 一人になった橘は仲間と何かしら連絡を取り合うのではないかと踏んで、物陰からジッと聞き耳を立てる。

 今日も順調に悪魔顔で、加熱式タバコを吹かし始めた。

 そしておもむろにスマホを取り出すと、しゃがんで(ヤンキー座りだ)どこかへ掛けているようだ。


「おぅ、どうよ。  ……週末は?  ……んな忙しい事もねーだろ、ちょっとばかし脅し利かしてもいーから今週末にしろ」


 隠れていた由宇は両手で口を押さえて、物騒な台詞を聞いていた。


(脅し……!?)


 どうしても何かを週末に行いたいらしい。

 一向に進んでいなさそうな、婚約者と怜の父親との話し合いだろうか。

 しゃがんでいて足が痛くなってきたので、ペタンと冷たいコンクリート床に座り込む。


「野良猫が迷い込んできてっから切るぞ。  とにかく今週末だ」


(野良猫……?)


 橘の声が近付いてきている事にも気付かず、由宇は呑気に猫はどこだとキョロキョロしてみたが対象のものはいなさそうだ。

 仲間との電話を切るための口実かな、と何気なく空を見上げようと顔を上げたそこに──。


「……わっっ……ぅぐっ……!?」
「野良猫ってのはお前の事な」


 由宇のすぐ頭上に、加熱式タバコを持った橘が見下ろしていて喉がおかしくなった。

 この男は何故こんなにも無表情が怖いのか。

 もう少しにこやかに登場してくれればこんなに驚かなくて済むのに、と由宇は盛大にむくれた。


「何してんだよ」


 何でお前がキレてんの、と言いながら由宇の前でまたヤンキー座りをしていて、見詰めてくる瞳は相変わらず鋭いしで視線の置き場がなかった。


「……別に」
「例の女優かよ。  ……ここ来てすぐ分かったけどな。  お前の匂いしたから」
「え!?  犬並の嗅覚!」
「誰が犬だ、コラ。  ごめんなさいは」
「あーっ、いひゃい!  ごめんなひゃい!  ごめんなひゃいっへば!」


 余計な事を言ってしまい、眉間に皺を寄せた橘に思いっきりほっぺたをつねられた。

 謝るまでギュッとつねられたせいで、手を離してくれてもまだその痛みが残っている。

 見た目通り力も半端なく強い。


「痛い!  マジで!  虐待!」
「何だと?  もっかいつねったろーか」
「あっそれは嫌だ!  ごめんなさい!」


 橘の瞳が本気過ぎて恐ろしく、まだヒリヒリしているそこを無意識に撫でて痛みを紛らわす。

 こっそり情報を盗み聞きして、由宇も何かの形で怜の力になれないかなと思っていたのに速攻でバレた。

 しかもそれがここへ来た瞬間に由宇の匂いがしたと言われてしまったら、橘からの内緒の情報収集は確実に不可能だ。




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