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しおりを挟む嫌だ嫌だ、嫌いだ、あんなやつ!
由宇はあれ以降、橘を凄まじく毛嫌いしている。
単なる悪口をあんなにも怖い顔をして言われ、無理だと分かっていても転校したいと強く願うほど嫌いになった。
平和主義者の由宇は、悪口や陰口が何よりも嫌いなのだ。
友達が少しでもそれを言おうもんなら、「そういうの嫌い!」と牙を向いた。
心の中で思う分には構わない。
けれど口に出してしまうと、それは誰かがとても嫌な気持ちになる。
それが由宇は許せなかった。
だから平気で由宇を傷付けた橘を、これ以上ないほど避けまくってやった。
絶対に視線も合わせないし、当てられても聞こえるか聞こえないかくらいの返事をして黒板に答えを書き、フンッと鼻先を上げて怒ってますアピールを見せた。
そんな由宇を橘は何とも思っていない様子なのが、また腹立つ。
もはや橘が通ると女子生徒達からは黄色い声が上がるが、それさえも由宇は気に入らなかった。
「由宇、最近ずっと機嫌悪くない?」
迎えた体育祭当日、見学席に居る由宇の隣に怜が苦笑しながら腰掛けた。
「悪くないよ、怜には」
「俺には、だろ? 何かあったの? 橘と」
「な、なんで橘先生の名前が出てくんの!」
「分かりやすく不貞腐れてんの、数学の時だけだからだよ」
「むぅ……」
由宇が抱える橘への苛立ちも、怜に言ってしまう事で悪口になってしまうから、何も話せなかった。
他人の目に分かるほどだと知ると、理由があるとはいえ急に由宇自身も嫌な奴に思えてきて微妙な心境である。
「俺ん家来た時でいいから話してよ。 ね?」
「……うん。 分かった」
ポンポン、と由宇の頭を撫でて、これからの種目らしい綱引きへと向かう後ろ姿を見送ると、黒のジャージ姿の橘が目に入った。
綱引きの審判をするようで、紅白の旗を両手に持って笛を咥えている。
「今日もかったるそうだなぁ……」
早く一服したい、そんな声が聞こえてきそうな橘を見ていると、ふいに視線が合った。
由宇のように事情があって体育祭に参加しない者は本部席横のテントに数名固まって座っているが、橘は何故かピンポイントで由宇を見てきた気がした。
「怖いから見んなよ~……わっ、まだ見てる……!」
視線が合った瞬間に靴紐を結ぶフリで下を向いたのだが、顔を上げるとまだこちらを見ていてピクッと体が揺れる。
見ようによっては睨み付けられていると勘違いしてしまいそうだ。
見詰め合うなんてごめんだと、今度は体操着にゴミでも付いているかのような動作をしながら自然に視線を逸らした。
すると綱引きが始まって、ようやく肉食獣の視線から逃れられてホッとする。
「こ、怖かったー……」
あからさまにツンケンした態度を取っていたから、橘は何も気にしてないような顔をして、実はそんな由宇に腹を立てているのかもしれない。
嫌いだと思い始めたら態度や表情がそれを如実に表してしまうので、相手にも意図せず伝わってしまうというのはよくある話だ。
自分がされたら嫌だと思う事はしない、そんな信条のもと由宇も正義感たっぷりに今まで友人達を叱咤していたというのに、自らがしてしまったらなんの意味もないではないか。
「ダメだ。 いくら嫌いでも態度に出しちゃダメだよな」
もう遅いかもしれないし、橘を前にして態度に出さないなど無理かもしれないが、必要以上に関わらなければ何とか普通にできるはずだ。
由宇は少しだけ、連日怒ってますアピールをした事を後悔した。
いくら嫌いでも、と口走った辺り、本当にもう遅い気はするのだが。
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