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第2話 ゲームセンター山田 (コメディ回)
転がしてみる
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「残り回数全部を『シェイク』に使えば本当に取れるんじゃないか?」
ガイアが期待をし続ける十数人の観客を代表して意見を言った。
彼は最初から彼女達を応援しているようにも見えた山田は、いますぐ彼女はカツアゲ強盗団の一員だと教えてやりたかった。
――『シェイク』とは、クレーンゲーム内の景品では無い箇所をアームで動かす事で、景品を獲ったり、穫りやすくすること。北原が勝手に作った専門用語。――
「いえ、恐らくは難しいでしょう。私はあの柵と台が崩れ、景品が獲得口に落ちる光景を予想していたのですが、実際には柵は崩れなかった。むしろもう“動かない”と言うように一段下へと落ち込んでしまいました……」
クロウの言葉で会場には物々しい雰囲気に包まれる。
がやがやとうるさいゲームセンターの喧騒の中なのに、生唾を飲み込む音すら聞こえそうな、集中した意識の集合体がここにはあった。
「転がしてみる」
「現状はそれが良いと思う。志帆、頑張って」
北原が言葉で村井の背中を押す。プロスポーツの世界では、本番で練習中に出せた実力を100%発揮するのは難しいと言われている。観る人の多さや、心理的プレッシャーからだ。
そんな彼女にとっての本番で、これほど心強い精神的支柱はないだろう。彼女達も集中していた。観客はおろか、僕らの事さえ見えていないように振る舞っている。
山田にはぼんやりと、その光景を見て思い出すものがある。それは野球の全校応援だった。
◇
熱い夏の真ん中で、無理やりにかき集められた生徒たち。
なぜよく知りもしない連中のためにこんな苦行を強いられるのか、全員が不満に思っていたはずだ。
いや、むしろクラスの野球部はいつもテレビに出ている暴力芸人や大声芸人のマネをして僕らを困らせている。
そんな彼らにはある種、疎ましい感情さえあった。
そのはずだったのに山田は、試合の中盤からは変な感情が芽を出そうとしていることに気がつく。
彼は教えられた応援を口から出しているだけなのに、ヒットが出れば嬉しい。打たれると悔しい。なんだよこれ。そんな認めたくない感情が山田にはあった。
試合は最終回に突入する。九回の裏、二アウト満塁。6-7の一点差で母校が負けていてピンチではあるが、逆転のチャンスでもあった。
ウグイス嬢の鼻を抜けるような艶やかな声が次のバッターを伝える。
『四番キャッチャー、澤口くん。四番、キャッチャー、澤口、くん』
「澤口は今日五打席四安打、四打点だ。このバケモノ相手に、満塁では敬遠は出来ない」山田と同じく、野球が好きではなかったはずの永田が教えてくれる。
澤口は山田のクラスメイトだった。いつも大きな声と体で、僕らを芸人のマネに巻き込んで笑いをとっていた。
奴は暴力こそ振るわないが他の野球部員とは変わらない、強いて言うなら彼はボケを担当し、僕らが突っ込みをさせられるだけマシという程度だ。
目立ちたくない思春期の僕らには、そんな澤口が迷惑で嫌いだった。
「三ボール、二ストライク。追い込まれた……」
応援していたクラスメイトが、急に黙る。みな一様に手のひらを組んで見守っていた。
応援の声を出せと応援団は叫ぶが、誰も大きな声は出さなかった。それに必要な力を、全て祈りに回していたから。
「澤口、頼む」「頑張れ、澤口。」「打ってくれ、俺達を甲子園に連れて行ってくれ」
……っ!? 山田は胸の前で手を組み合わせて、「頑張れ、澤口。」と言ってしまっていた。
自分がいま心から澤口に祈っていることに、いらつく。
彼の太ったような安定感のある体つきは、遠くにいるのに大きく見えて頼もしいことが、いらつく。
中学の大会なのに甲子園とか言ってる空気を読まない永田に、本気でいらつく。
嫌いだったのに、迷惑だったのに。打席に立つ彼の、日に焼けた横顔を見ると、その練習量が推し量れた。
なんだこれ、脳の中にその光景が、画像のスライドショーのように流れ出す。
なんだよっこれっ!!
「ッ! ふざけんな! 打てぇー!! 頑張れー!!」
誰もが驚いたと思う。立ち上がって叫ぶ山田からは、そこに居た誰よりも大きな声が出た。彼の、一度出してしまった感情の乗った応援は、堰を切ったように止まらない。
熱さに疲れて座りながら祈っていた生徒たちが、続々と立ち上がり声を張り上げる。
バットを構える澤口の横顔が、小さく笑った気がした。
◇
何でいま、この光景を思い出すんだろう。そう思っている山田の頬に、一筋の光がきらめいた。
ガイアとクロウがすぐに気付いて、どうしたんだと驚きながら彼を囲んだ。
その時クロウの手から流れる血に気が付いて、お前はほんとうにどうしちゃったんだとガイアは更に驚いた。
山田は何も言えないで居ると、ガイアは山田の肩を組んで、ぐいっと引き寄せた。
そしてクロウは、彼らの背中に手のひらを優しく押し当てる。片手にはアースカラーのハンカチが縛り付けてあった。
「山田の気持ち、少し分かるかもしれん」ガイアはそう言って彼女達を見た。
なぜこんな事を今、思い出したんだろう。
どれだけ「騙されるな。」と心に言い聞かせても、どんなに「あいつは嫌な奴」と思っていても、人の『努力』は必ず誰かの心を打つ。山田は“遊び”を洒落にならないくらい本気で頑張る彼女達を見て、涙がひとすじあふれてしまった。
ああ――――!!
先程よりも大きな、大きな落胆の声が会場を包む。
景品は、転がらなかった。
続く
ガイアが期待をし続ける十数人の観客を代表して意見を言った。
彼は最初から彼女達を応援しているようにも見えた山田は、いますぐ彼女はカツアゲ強盗団の一員だと教えてやりたかった。
――『シェイク』とは、クレーンゲーム内の景品では無い箇所をアームで動かす事で、景品を獲ったり、穫りやすくすること。北原が勝手に作った専門用語。――
「いえ、恐らくは難しいでしょう。私はあの柵と台が崩れ、景品が獲得口に落ちる光景を予想していたのですが、実際には柵は崩れなかった。むしろもう“動かない”と言うように一段下へと落ち込んでしまいました……」
クロウの言葉で会場には物々しい雰囲気に包まれる。
がやがやとうるさいゲームセンターの喧騒の中なのに、生唾を飲み込む音すら聞こえそうな、集中した意識の集合体がここにはあった。
「転がしてみる」
「現状はそれが良いと思う。志帆、頑張って」
北原が言葉で村井の背中を押す。プロスポーツの世界では、本番で練習中に出せた実力を100%発揮するのは難しいと言われている。観る人の多さや、心理的プレッシャーからだ。
そんな彼女にとっての本番で、これほど心強い精神的支柱はないだろう。彼女達も集中していた。観客はおろか、僕らの事さえ見えていないように振る舞っている。
山田にはぼんやりと、その光景を見て思い出すものがある。それは野球の全校応援だった。
◇
熱い夏の真ん中で、無理やりにかき集められた生徒たち。
なぜよく知りもしない連中のためにこんな苦行を強いられるのか、全員が不満に思っていたはずだ。
いや、むしろクラスの野球部はいつもテレビに出ている暴力芸人や大声芸人のマネをして僕らを困らせている。
そんな彼らにはある種、疎ましい感情さえあった。
そのはずだったのに山田は、試合の中盤からは変な感情が芽を出そうとしていることに気がつく。
彼は教えられた応援を口から出しているだけなのに、ヒットが出れば嬉しい。打たれると悔しい。なんだよこれ。そんな認めたくない感情が山田にはあった。
試合は最終回に突入する。九回の裏、二アウト満塁。6-7の一点差で母校が負けていてピンチではあるが、逆転のチャンスでもあった。
ウグイス嬢の鼻を抜けるような艶やかな声が次のバッターを伝える。
『四番キャッチャー、澤口くん。四番、キャッチャー、澤口、くん』
「澤口は今日五打席四安打、四打点だ。このバケモノ相手に、満塁では敬遠は出来ない」山田と同じく、野球が好きではなかったはずの永田が教えてくれる。
澤口は山田のクラスメイトだった。いつも大きな声と体で、僕らを芸人のマネに巻き込んで笑いをとっていた。
奴は暴力こそ振るわないが他の野球部員とは変わらない、強いて言うなら彼はボケを担当し、僕らが突っ込みをさせられるだけマシという程度だ。
目立ちたくない思春期の僕らには、そんな澤口が迷惑で嫌いだった。
「三ボール、二ストライク。追い込まれた……」
応援していたクラスメイトが、急に黙る。みな一様に手のひらを組んで見守っていた。
応援の声を出せと応援団は叫ぶが、誰も大きな声は出さなかった。それに必要な力を、全て祈りに回していたから。
「澤口、頼む」「頑張れ、澤口。」「打ってくれ、俺達を甲子園に連れて行ってくれ」
……っ!? 山田は胸の前で手を組み合わせて、「頑張れ、澤口。」と言ってしまっていた。
自分がいま心から澤口に祈っていることに、いらつく。
彼の太ったような安定感のある体つきは、遠くにいるのに大きく見えて頼もしいことが、いらつく。
中学の大会なのに甲子園とか言ってる空気を読まない永田に、本気でいらつく。
嫌いだったのに、迷惑だったのに。打席に立つ彼の、日に焼けた横顔を見ると、その練習量が推し量れた。
なんだこれ、脳の中にその光景が、画像のスライドショーのように流れ出す。
なんだよっこれっ!!
「ッ! ふざけんな! 打てぇー!! 頑張れー!!」
誰もが驚いたと思う。立ち上がって叫ぶ山田からは、そこに居た誰よりも大きな声が出た。彼の、一度出してしまった感情の乗った応援は、堰を切ったように止まらない。
熱さに疲れて座りながら祈っていた生徒たちが、続々と立ち上がり声を張り上げる。
バットを構える澤口の横顔が、小さく笑った気がした。
◇
何でいま、この光景を思い出すんだろう。そう思っている山田の頬に、一筋の光がきらめいた。
ガイアとクロウがすぐに気付いて、どうしたんだと驚きながら彼を囲んだ。
その時クロウの手から流れる血に気が付いて、お前はほんとうにどうしちゃったんだとガイアは更に驚いた。
山田は何も言えないで居ると、ガイアは山田の肩を組んで、ぐいっと引き寄せた。
そしてクロウは、彼らの背中に手のひらを優しく押し当てる。片手にはアースカラーのハンカチが縛り付けてあった。
「山田の気持ち、少し分かるかもしれん」ガイアはそう言って彼女達を見た。
なぜこんな事を今、思い出したんだろう。
どれだけ「騙されるな。」と心に言い聞かせても、どんなに「あいつは嫌な奴」と思っていても、人の『努力』は必ず誰かの心を打つ。山田は“遊び”を洒落にならないくらい本気で頑張る彼女達を見て、涙がひとすじあふれてしまった。
ああ――――!!
先程よりも大きな、大きな落胆の声が会場を包む。
景品は、転がらなかった。
続く
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