あなたがそれを望むなら! ~私はストーカーをしてしまう人に全力の愛を贈ります~

極限環境微生物

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1話 21世紀の精神異常者 

エゴサーチをする

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 焚き火を終え志帆と別れたあと、真っ直ぐ自宅へ帰った。
 私は日中の疲れを残したままではいられない、きっと今日もネット上では嫌な事が書かれているからだ。

 まずはシャワーに入ってしまおう。帰り道に志帆が近付く度に煙臭いなこいつと思っていたが、自分の髪の毛に煙の臭いがついていた事に気が付いてから、私にはずっと不快感があった。

「おかえり。うーん、キャンプした後のにおいだねぇ」母が優しくそう言った後に、姉から絶対にその服のままソファに座るなよと注意された。

 私はそんなの分かっていると思い、ムッとしながらパジャマを取り出しシャワールームに入った。浴室で腕を見ると日焼け止めクリームを塗っていたのに日光のせいで少し赤くなっていた。

 私の肌は日に焼けると黒くはならず、お湯につけたトマトのように簡単に皮がむけてしまう。
 そんなぼろぼろな肌で学校に行くのは耐えられない。顔や首など、赤くなっている箇所を探し出しては、心臓が破裂しそうな鼓動と寒さに耐えながらも冷水をかけ続けた。

 その後は家族全員で夕食を済ませ、私は勉強をすると言って自室に向かう。部屋の遮光カーテンを閉じてから、デスクトップPCの電源を入れて椅子に座り、深呼吸をして気持ちを整える。
 これから嫌な気分になるからだ。モニターは二枚あって、いつも両方に電源を入れているが、今日は二枚も必要はない。

 立ち上がったPCの壁紙になっている絵画は、砂のような色合いで描かれるミイラ化した男女の抱き合う絵、『作品18(1984)/ベクシンスキー』だ。彼は自分の作品にタイトルを付けない。
 つまり全ては絵を見た人の感性で評価させられる。その場合、作品から本当に伝えたい事というのは作者本人にしか分からないが、私はこの絵の剛柔あわせ持つ描写に『愛』を感じられて大好きだった。

 その絵の社会的な評価として、戦争被害者の悲しみを表現しているのでは、と言われている。しかし人並みに恋に恋する私は、この終焉を感じさせる世界の中できつく抱き合う男女に、確かに『愛』というメッセージを感じていた。

 さて、始めるとしよう。
 私はSNSで、有名人でもないのにエゴサーチ――検索エンジンに自分の本名やハンドルネームを入力し、自分の評価を確認すること――をする。

 『北原きたはらのぞみ
 自分がよく見ていたSNSで見知らぬハンドルネームのユーザーが、私の本名を大量に投稿していたのを初めて見た時、心から恐怖した。
 見に覚えのない愛憎とも取れる言葉が書き込まれていたが、理由が全く分からなかったからだ。

 もちろん自分の名前をネット上に投稿したことなど一度もない。もっと言えば、友人が私の情報をアップロードしようものならすぐに電話して止めさせていた。私の立場上、父が警察官のため無闇に個人情報は晒せなかった。

 今日もまた、いつも通り匿名ユーザーによる中傷が投稿がされていた。内容はいつも変わらない、私を名指しにして寒気がするような、性的な言葉を使っての中傷だった。
 しかし今の時刻に投稿はない。それは土曜日だからだ。

 その匿名ユーザーは平日の日中はほんの数回だが、夕方から日付が変わるくらいまでと、休日は一日中。時刻は不定期に投稿をしていた。
 しかし、木曜日の十七時から十九時と、土曜日の十七時から二十一時の間に投稿がされたことは一度もなかった。

 見慣れたとはいえ、やはりこうした嫌がらせを受けるのは不愉快だった。
 私はその投稿を証拠保全のために、投稿日時を記した情報を保存し、印刷してファイルにまとめた。

 その匿名ユーザーの投稿を遡ると、始まりは一ヶ月半前からだった。
 それ以前からアカウントは存在していたが、私以外の人物を貶す言葉や、他のアカウントに暴言を書き込むだけの、いわゆる裏アカウント――現実では言えない事を匿名で発信するアカウント――だった。
 過去の投稿から人物の特定は出来なかったため、他にアカウントがあることは何となく想像がついた。

 ……昼間、志帆には偉そうなことを言ったが、彼の事を理解するなんて本当に出来るんだろうか。その前に私の精神が摩耗し折れてしまいそうな気がした。

 証拠は揃っている。これらを使い、法的に対処をすれば全てが終わるだろう。もちろん民事だろうが刑事だろうが、法廷でも疑いようもなく勝てるよう準備はした。
 しかし、それでは違う気がした。私は《みんなを平和に幸せにしたい》。
 そのために、精神的にも肉体的にも、貴重な時間でさえ消費しているのだ。

 私はそのまま机に向かい作業を続ける。モニターには動画も再生していて、気になった箇所を巻き戻して繰り返し見たりもするが、これらの作業に毎日二時間は費やしているだろう。
 それでなくても、こんな状況はいい加減に何とかしなくてはならない。そう思い、疲れた体を癒やすため、私はベッドに寝転びリモコンで電気を消した。



――――――――――――――――――――




 ――しまった。

 私は目が覚めると同時に、身体を無理やり引き起こしていた。感覚で寝坊したと確信していたからだ。時計を見れば時刻は六時。目覚ましをセットするのを忘れていたようだ。
 私は使い捨てのゴム手袋が入った鞄を手に取り、バタバタと階段を降りる。

「おはよう。慌ててどうした、今日は日曜日だぞ」まずい、まずい、父親が既に起きていた。

「おはようございます。あ! 勘違いしてた!」

 私は父の助言に乗っかるふりをして、休みの日じゃん、よかったーと独り言をいいながら玄関を出ていく。
 そして外に出て正門――玄関ドアから歩いて七歩程度の位置にある――に取り付けられている郵便受けの中を見る。

 うっ……良かった。本当に安心した。そこには新聞紙しか入っていなかった。
 ほっと胸を撫で下ろしながら私はそれを取り出し、家に戻ろうとすると父が玄関ドアを半分開けて私を見ていた。

「なんだ、新聞を取りに行ってくれてたのか」

 私の心臓が跳ね上がった。心に強い衝撃があると、息を吸う瞬間に声が出る。
 そして足まで震えるんだと初めて知った。それを見て父は大丈夫か。と心配する。

 父親が開けている玄関ドアの、外側に付いているドアノブには、私が学校で盗まれた下着と似た色の“女性用下着』が吊り下げられていた。

「ごめんね、びっくりしちゃって」私は急ぎ足で玄関ドアに近付く。「うん、月曜日だと思っていたのに休みの日だと思うと、何だかテンション上がっちゃってね。はいこれ、どうぞ」

 早口になってはいなかっただろうか。私は父親を押し込むようにして家に戻す。



 ……日曜日の朝は、以前にも同じようなイタズラがされていたことがあった。

 初回は父親が発見した。肌色とピンクのインクが大量に印刷された成人誌が郵便受けに入れられていた。
 二回目は私が早起きした日曜日にカーテンの外を見ると、肌色や薄い水色、ピンク色のが三点、正門の内側に置かれているのを発見した。

 そして今朝はこれだ。確認すると間違いなく女性用の下着ではあったが、私の物では無かった。過去の出来事を含めて、今日で三回目。ここ一ヶ月で三回やられた。
 
 合計してたった三回なのに、毎週日曜日の朝を迎える私の心は最悪としか思えなかった。
 恥ずかしい話だが、二回目の時は恐怖で涙を浮かべながら、誰にも見られないように回収した。
 何より嫌らしいのが、“距離”が近付いてきている。
 正門の外側から正門の内側、今朝は玄関のドア。気分が悪い。新聞配達員にも見られているだろう。

 誰かが私に悪意を持っている。そして標的はこの家にいるというメッセージを最低な手段で伝えてくる。こんなものを家族に見られたら、きっと心配させてしまうだろう。
 私は「いい加減に何とかしなくてはならない」と小さく口に出した。




 続く

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